黒い話

214: 名無しの心子知らず 2015/08/30(日)23:30:09 ID:l5s
大学時代、自分の親友が不倫をしてた
私の家は父親の浮気が原因で家庭内ぐちゃぐちゃ
私の結婚の時も「結婚するから」の一言で向こうも「あっそう」くらいの仲の悪さ
だから友達が妻子ある人と関係を持ったと聞いた時もお酒が入ってたのもあったけど号泣して止めた
その時は彼女も「わかった」と言ってくれたけど、しばらく経って明らかに男がいる様子。
正直に言って欲しい、と聞くとやはり不倫を続けてた

こうなったらもう止めないなと思い彼女とは距離をとった

でも私、超がつくほど好奇心旺盛。
大学卒業後に興信所で働いてたくらい人間観察が好き
だから結局自分のトラウマより彼女への好奇心が強くなっちゃって、大学3年の頃には不倫前より仲良くなってた。

一旦切ります

676: 名無しの心子知らず 2015/07/19(日)02:31:33 ID:PCI
胸糞な上に人が二人タヒんでいる話。閲覧注意。
施設に引き取られるまでが俺にとっては修羅場と言うよりも地獄だった。
まだ児相とか、虐待という言葉が世間にあまり知られていなかった頃のことだ。

物心つく前、母親が目の前で首を吊ってタヒんだ。
半日以上俺はぶら下がった母と一緒に過ごしていた。
俺自身は覚えていない。
多分、ショックが強すぎて覚えていられなかったんだと思う。
詳しくは知らないが、母親は既婚の男性と不倫の末に俺を産んだ。
相手の男は認知すらせず、俺を産んでから母は精神的におかしくなったそうだ。
母が亡くなった後は祖父母に育てられた。
母を孕ませて逃げた男に対する恨みを聞かされて育った。
祖父母の父親に対する憎悪は、そのうち俺自身に向けられるようになった。
小学生になる頃には祖父母の折檻と言葉の暴力に晒された。
何故か女装を強要され、家の中ではいつもスカートを穿くように命じられた。
逆らうと殴られるから従っていた。
殴られることも辛かったが、それ以上に辛かったのが、母が死んだ時の状況を俺に詳細に教えてくることだった。
真夏の暑い日にカーテンも何もかも締め切った部屋で母は首を吊った。
そのとき俺は3歳で、目の前で母がタヒんでいく姿をどう捉えたのかはわからない。そのときのことをいくら思い出そうとしても何も思い出せないから。
それを何度も何度も祖父母は俺に教えた。
母が死んだ光景の描写は胸糞が過ぎるので割愛するが、祖父母に言わせると俺は「人ゴ●し」で「実の母親を見ゴ●しにした鬼畜」だ。
「お前のせいで○○(母の名)はタヒんだ」が口癖だった。
そのうち祖母は俺に化粧をするようになった。
学校にも殆ど通わせてもらえなくなった。

547: 名無しさん@おーぷん 2017/02/14(火)18:55:14 ID:ddA
数年前の墓場話。

夫に妹がいるんだけどこいつが大嫌い。お金遣いも荒いし、口も悪い。嫌がらせもされた。
夫婦両方の病気で子どもを授かることはできなかったんだけどそれをいつもチクチク言ったり。
ただ飛行機の距離の関係なので疎遠にしていた。でもたまに義妹の子ども、甥の話は聞いていた。
甥は他の親族も口をそろえていうくらい大人しい、おじさん(夫)似と言われる性格(顔は全く違う)
なので母親があれじゃあな・・・というのもあってたまに会った時にはお小遣いとして図書券とかあげていた。
(お金は義妹が取り上げちゃうから)

その甥が中二の頃、電話がかかってきた。
「おばさん、高卒で就職先がある学校ってどこだろう?」って。
その一言で義妹が甥っ子の教育費、私たちに負担させたいって考えているのが分かった。
頭に少し血が上ったけど甥の話を聞いた。

まだやりたい仕事が決まらない。でも普通科も普通程度の学力だし、さして優秀でもない。
だけど家のお金的に大学は無理かもしれない・・・とのこと。

中学生だからそんなもんだと思う。多分夫(大卒の研究職)なら普通科に行けと言うと思う。
でも私はそうは言わなかった。

166: 名無しさん@おーぷん 2015/01/23(金)18:08:41 ID:Ewg
家庭板ではよくある話かもしれないが、寝たきりの実父の枕元でボソボソ毒を吹き込んだこと。

小学生の時、独りで二階の自分の部屋で昼寝してたら、ギシギシと階段を上がってくる音を聞いた。
「あれ、お母さん出かけたばっかりなのにずいぶん早いなあ」と思って、部屋の扉を開けると、
視界に入ったのは、階段を上り終えようとしている明らかに母親でない女性だった。
私と目があった瞬間、女性はハッと怖い表情になった。
私は恐怖でパニックになり、ワーッと向かって行って、階段の最上段にいる女性を突き
飛ばしてしまった。
女性はダンダンとすごい音をたて階段を落ちていった。

女性は大怪我した。
女性は泥棒でも変質者でもなかった。長年の父の愛人だった。
我が家の暮らしぶりに興味があったのか、勝手に合鍵作って留守を見計らって侵入したらしい。

父は物凄く怒った。同居の祖母も「ご近所に何て言われるか」と怒った。
母は私をかばってくれたが、弱い人で、父と祖母の怒りにオロオロしてた。
「○○(弟)がいれば我が家は十分だ」と言われ、私は子供がいない母方の伯母夫婦の
家に預けられた。
預けられた翌年正式に養子になった。
伯母とは初めは遠慮したり喧嘩したりだったが、伯母は愛のある人で、段々実の親子のよう
になった。

648: 名無しの心子知らず 2015/10/15(木)00:14:31 ID:csb
下話含みます


学生の頃、ゼミの先輩にキモメンな上に太ってて寡黙で周りから遠巻きにされてる人がいた
片山のゆうちゃんに似てたので片山さんとする

ゼミの合宿の係が一緒になったので話すようになったんだけど、
話してみると意外とユーモアがあって聡い人だった
思いやりがあって気が利く優しい人だと思った

私は歴史小説と70年代~80年代洋ロックが大好きなんだけど、
たまたま片山さんもドンピシャで同じ趣味で、
本やCDの貸し借りをしたりして仲良くなった

洋バンドの来日コンサートにも一緒に行ったし、お互いに美味しいもの食べるのが好きだったからグルメ巡りもしたし、
仏教展に行って薬師如来について語り合ったりもした

一緒にお酒を飲みに行った帰り、片山さんに好きですと言われた
私もですと答え、付き合うようになった


私はどちらかというと活発で社交的なタイプだったので、
片山さんと付き合い始めたことが周りに伝わると初めは驚愕された

でも私と付き合い始めてから片山さんは他の人に対しても素の面を見せるようになり、
そうすると段々と周りの人も片山さんに好意的になっていって、
いつしか幸せそうな良いカップルと言われるようになった

片山さんと一緒にいると落ち着いたし心が温かくなって幸せだなぁと思えた


片山さんは普段は寡黙に見えるけれども成績も良かったし
面接や発表といったいざというときにはそれはもう別人のように雄弁に話すので、
第一希望の就職先にあっという間に決まった

その辺りで私を両親に紹介したいと言われ、私が大学を卒業して落ち着いたら結婚してほしいと言われた
私はその場の流れで、はい、と答えてしまった

648: 名無しの心子知らず 2015/07/13(月)11:45:04 ID:614
元彼との話なんだけど、当時、私は1人暮らしで猫を飼っていた
付き合いだした彼は猫好きで、猫も懐いてて、彼が来たときは良く構ってた
最初は微笑ましく思ってたんだけど、だんだん不満が溜まっていった
猫には来る度に高いおやつを手土産に 私にはないか、あっても猫への手土産より安いもの
私に会いに来てるんじゃなて、猫に会いに来てるみたいだった
ある日、とうとう我慢できなくなって猫を保健所に連れて行った

382: 名無しさん@おーぷん 2016/11/07(月)21:04:52 ID:qiJ
だいぶ前の話吐き出す
酔ってて文変かもごめん

数年前うちの最寄り駅にキチガイの女がいた
ホームで電光掲示板を見上げながら歩いてたり、歩きスマホしてたりすると
必ず寄っていって、ドン!と当たりにいくやつだった
ちなみに最寄り駅は大きくなくて、混雑してるわけではない駅

私も一度、電話しながらホームを歩いてたらやられた
「何すんの!?前見なさいよ!オバサン!」と叫ばれた
(その女は50くらいに見えたが)
呆気にとられてる間に去ってしまい、取引先と電話してたのでそのままになってた
その後、通勤するときにその女を何回か見た
老人、子供、女性なんかがしゃきしゃき歩いていないと
すっと近づいて後ろからドンとやる
階段で、目の見えない人にぶつかって「ちょっと!」とやったとき
私の身内も目が見えない人がいるので本当に頭に来た

80: 名無しさん@おーぷん 2017/05/22(月)02:06:06 ID:DIB
家の隣の空き地(うちの土地)で家庭菜園をやってたんだが
この菜園に密着するようにして不法駐車するカスが現れた
排ガスが野菜にかかるし車が邪魔で作業できない
これが大地の修羅場

排ガス被害がひどいところはあきらめて端の方のものだけ収穫
調理をしていたところ家族から不法駐車の人が小便ひっかけてたのを見たから食うなと言われた
これがダイニングの修羅場

559: 名無しさん@おーぷん 2015/05/10(日)07:19:09 ID:gWH
初めての書き込みなので、不具合があったら申し訳ありません。
吐き出させてください(フェイク有り・長文です)。

一昔程前の事です。
私は着物が好きでブログをしていました。
やがて、同じように着物好きな人達とブログ内での交流が生まれました。
その中にAさんがいました。
何故かAさんは私に対しては、非常に『嫌な人』でした。

私がBさんの着物コーディネートに
可愛いですね、とコメントすれば、
「語彙が乏しいならコメントしない方がいいですよ。」
Cさんの着付けを誉めれば、
「着付け下手を自覚しているなら、ブログをやる前に練習すればいいのに、pgr」
等々毎回嫌味だらけのメッセージをして来ました。

最初の内は(私もバカだったので)律儀に
「ご指摘ありがとうございます」とか
「頑張ります」等返信していましたが、
数ヵ月してメッセージ受信箱にAさんの名前を見るだけで胃がキリキリするようになり、
都度都度削除していました。

他の人達のブログには、とても為になるコメントをしている人でしたから、
当時はまだ着物初心者の私が何を書いても、誰にも信用してもらえなさそうで、ひたすら我慢していました。


そんなある日の事、夕食代わりに居酒屋で一人晩酌をしていました。
すると隣にとても良い仕立てのスーツのおじさまが来ました。
お一人ですか?という月並みな会話から、お喋りが始まりました。

ほどほどに飲み食いして、(ああ楽しかった、明日も頑張ろう)と思えた頃にそのおじさまが
「お店に入った時に、怖い顔で携帯を見ていたけど、何かあったのかい?
それが気になって隣に座らせてもらったんだよ」と言いました。

その時は、Aさんからのチクチクとした嫌味満載のメッセージを読んでいて、
料理が来たので携帯を閉じた所へおじさまが来たのです。

「ちょっとネットで嫌な事があって…」と話し始める内にいつの間にか私は泣いていました。
リアルでもネットの中でも誰にも言えなかったのが、箍が外れたのだと思います。

私の話を聞き終えたおじさまは
「Aさんがどうなったらいいな、と思う?」
と聞くので
「私は…申し訳ないけど、よくわからない内に苦しんでタヒんで欲しい。」
と素直に答えました。
「あのブログ関係では私だけがターゲットだと思うけれど、現実でも誰かをいじめてる気がするから。」
とも言いました。

392: 名無しさん@おーぷん 2014/09/29(月)15:57:44 ID:oV3HVLUXz
昨日NHKで老人破産の特集番組を見ていて思い出した修羅場。

旦那の実家は都会から半日かけていくような田舎で、
姑はそこで一人で暮らしていた。舅は既に鬼籍。
家はあるし、生活出来ないような不便な場所でもなく、
姑は老いによる病気を複数抱えつつ舅の貯金で暮らしていた。

でもある時、姑が何気なく話した将来設計にびっくり。
姑は、老後は何もかも全部息子がやってくれると思っていた。
旦那実家は自営で、年金など一切掛けていなかった。
途中からやり出したけど姑が貰える年金は数万のみ。
舅の貯金は生活費で使ってしまった。
お金は勿論、自分が病気になった時の事も考えてない。
全くのノープランで、息子が何とかしてくれると信じてた。

基本的には旦那実家で同居希望。旦那が働いて私が家事。
地元の青年団に入って上手くやって行ってくれ。
同居が無理なら仕送りと、週一で家事をしにきてくれて
一週間分の料理を作り置いて冷凍なりしていって欲しい。
足が悪くなったら車椅子で散歩に連れて行って欲しい。
などなど、本当に完全に丸投げだった。

一応姑を擁護すると、まず嫌な人ではない。
のんびりした、ザ・田舎のばあちゃん。嫌味はない。
贅沢もしていない、地味で真面目で地道な人。
お金の事は舅に任せきりだった様子。

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