離婚

5: 名無しの心子知らず 2016/03/05(土)15:39:55 ID:qod
祖母が50代でアルツ発症した。
当時母は20代、私は2つか3つくらいだった。
物心ついた時から母は祖母(母にしたら姑)の介護をしてた。
父は介護は一切手伝わなかった。私は祖母が寝た切りになってからお手伝いするようになった。
徘徊してた頃は危ないからって祖母には母が近づけさせなかった。
母はその頃祖母に付きっきりで、今思うと感謝しかないんだけど当時は寂しかった。
せめて父がいてくれたら違ったんだろうが、父はお酒の匂いプンプンで毎晩零時くらいに帰ってきて
家でごはんもほとんど食べなかったから他所の人みたいだった。
私が高3の時、母が癌になった。当時母40代。
明らかに具合が悪そうだったから病院行け行け言ったんだけど、介護があってなかなか出られなかった。
でも幸いステージ2だった。
帰宅して「母が入院する」と聞くなり父は「逃げる気か!!」と怒鳴った。
あんなに人間に対して幻滅したことはない。
それまでも期待してたわけじゃなかったけど祖母はあんたの母親だろうよ、とさすがに思った。
母は長年の介護でエネmeっていうより無気力人間になっていたから
叔母(母の妹)に電話して「助けて下さい」って泣きついた。
近所のおばさん(町内のボスママっぽい人)にも泣きついた。
もうなりふりかまっていられなかった。
誰でもいいから恥を捨ててすがらないと本当に母がタヒぬ!と思った。
その後、叔母の助けを借りて、父がいない間に荷物まとめて逃走。
叔母家と同じ市内にある県立病院に入院した。
祖母を置いていくのは気が引けたけど、天秤にかけたら申しわけないけど母の方が大事だった。
それに祖母は母と違って手術しないとタヒぬ容態ではなかったし。
父は「離婚する!介護放棄で慰謝料をもらう!娘の進学費用も出さん!」と激怒。
でも「癌の手術で入院」が介護放棄にあたるはずもなく
父の言い分は認められなかった。

6: 名無しさん@おーぷん 2014/09/10(水)01:18:20 ID:M2Rrc1dJg
ちょっと混乱してるのでまとめられなくてすまないが進行形の修羅場
新嫁にタヒ別した前嫁の想い出を捨てられた

娘が小学校に入った途端、事故で他界してしまった元嫁
本当に良い嫁だったし、俺実家との関係も良好だった

俺と娘は泣いて暮らしたけど、二人三脚でなんとか頑張ってきた
といってもやはり周りに支えられてなんとかやってきた
そんな中で甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのが会社の部下だった

タヒ別して7年経った頃、交際を始めることになり娘に紹介した
当時中2だった娘が多感な時期なので高校出るまで待ちたかったが
娘が小学校の時から懐いていたこと
元嫁が他界した頃新入社員だった部下もアラサーになり
俺が結婚してくれないならお見合いして田舎に帰ると言ったので
娘の強い要望もあり再婚した

元嫁の仏壇は今でも家にあるのだが(家は娘が3歳の時に建てた)
再婚するまでは元嫁の写真が家中いたるところにあった

再婚する際、娘とも話し合い、仏壇はそのまま
写真は部屋には飾らず、娘の勉強机にも飾らず引き出しの中へ
元嫁は結婚前から両親がなく孤独だったので元々実家がなかった
なので元嫁の私物は全部、俺の実家の空き部屋に保管していた

再婚後は元嫁の話は極力しないようにして
新嫁が勝手に仏壇に線香を供えることは止めなかったが
俺達からは強要しないようにしていたし
それまでは常時開けていた仏壇の扉も再婚後は閉めていた

410: 名無しさん@おーぷん 2015/04/13(月)16:59:20 ID:6y3
×1の既女なんだけど、先日私が商売やってる店に老夫婦が訪れて、
「娘が今度○○さん(私の前夫)と婚約することになった。あなたの存在を知り、一応あなたの口から
○○さんの話、離婚した経緯など聞きたい」と言われた。

聞きたい、というから、
「結婚してすぐ婚前の約束を全て反故にした。新居をキャンセルして義実家同居になった。
給料も貯金も巻き上げられそうになった。私の親や兄弟、親友の悪口を言うよう強制された。
転職して夫の知り合いの会社で社長秘書(という名目の愛人)になるよう強要され、ノイローゼになった。
性行為も結婚後は異常なことばかり強要された。
明るく口は達者で、私も含めみんな騙されるけど、中身はサイコパスの悪魔だ。
調停で離婚したが慰謝料の払いが滞ってて、近く法的措置を取る。あと舅は借金癖がある。姑は窃盗癖がある」
ということを、かいつまんで話した。

老夫婦は「ありがとう。あなたから話を聞いたことは必ず内緒にします」と言い、店のかなり高い商品を買って帰ってくれた。

前夫と共通の知人から、前夫の再婚が決まりかけてたのが急にダメになったらしい、と聞いた。
嘘は言ってないので特に呵責もないけど。まあ現夫にはこのことは言ってない。

948: 名無しさん@おーぷん 2016/02/29(月)15:48:16 ID:pev
会社の上司が「夫婦間のセックスレスは離婚の有責事由に成り得る」というのを知り
嫁に離婚を申し出た。
上司は「離婚突きつけてやった!あのブスブタメンコ(何かの方言?上司はいつもこれを言う)ポカンとしてやがったw」
と飲み会で嬉しそうに語っていた。
「嫁が有責だから、慰謝料がっぽりもらって×ちゃんと旅行行く」と計画まで練っていた。
×ちゃんはどっかのホステスらしかった。
1ヶ月くらいして、上司は「慰謝料とれたら何々する」を言わなくなった

438: 名無しさん@おーぷん 2017/11/05(日)11:02:45 ID:KVj
私が夜勤の日は旦那に娘の世話を頼んでいた。
あの日も旦那に娘を託して仕事に行っていたのだが深夜1時頃に何故か私の携帯ではなく職場へ旦那から電話が。
電話番をしていた子によると「自分が高熱が出た。40度近くて動けない。娘の世話もままならない。娘泣いてる。」というSOSだったらしい。
慌てて上司に事情を説明すると「大変だから急いで帰りなさい。こっちはなんとかするから。」と言っていただき急遽帰宅。
家に入ると真っ暗なリビングでお昼寝布団に転がされてる娘が1人寝てた。
相当泣いたようで汗とヨダレと鼻水と涙でベチョベチョ。
旦那は!?と寝室、私書斎、旦那書斎、トイレ、お風呂場、どこを探してもいない。
するとキッチンのテーブルに置き手紙を見つけた。
「◯◯(旦那DQN友達)から誘われたからちょっとだけ飲みに行ってきます☆」
これだけが原因じゃないけど大きなキッカケになって離婚した。
タヒぬまで飲んでろよ。

196: 名無しさん@おーぷん 2017/02/20(月)14:42:47 ID:xNJ
自由になった記念に投下

長年付き合ってた彼女とそろそろ結婚を、と考えていた頃に私に厄介な病気が発覚。
死んだり感染したりする病気ではないが完治はしない類のやつ。
仕事も続けられない状態だったので、経営していた会社を畳み彼女ともお別れするつもりだった。
その事を彼女に話すと「専業主夫になってくれればいいから結婚したい」と言われて、嬉しさプラス心細さもあってあっさり結婚(病気についてはしっかり説明済み)。

その後、半年ほどまじめに主夫をやっていたが病状が悪化して入院。
しばらくして見舞いにきた彼女からいきなり離婚を切り出される。
訳を聞いても私や私の家族を中傷する様な事ばかり言って核心部分を話さない。
結局入院中に住んでいたアパートを出て行ってしまい、音信不通に。


長いので切ります

819: 名無しさん@おーぷん 2017/09/03(日)15:25:10 ID:3f4
元妻とは高2のころから付き合い、4年後に結婚した。
俺たちが結婚して1年くらい経った頃、親父が実親から相続した家をリフォームするため業者に依頼した。
業者が現地調査をした結果、土地が結構広いので、建て替えるなら賃貸マンションにすれば良いと提案した。
家賃収入の6割が返済で、残り4割は不労所得になるので、両親はその提案を取り入れた。
ローンの名義人は親父だったが、当時50代半ばだったので、連帯保証人は俺になった。
マンションは無事に竣工したが、工事中に景気が悪化したため、入居者はなかなか埋まらなかった。
それから半年後、親父は体調を崩して入院し、自営の仕事を廃業してしまった。

親父が入院して2週間後、突然妻が実家に帰ってしまった。
そして、義父親から「娘と離婚してくれ」と一方的に言い渡された。
理由は、「莫大な借金を背負わされた君には、とても娘を幸せには出来ない」とのこと。
俺は妻とちゃんと話し合いたいと言ったが、取りつく島もなかった。
それから3か月、妻とは結局最後まで話し合うこともなく、おれは半ば強制的に離婚届のサインをした。
慰謝料の請求は無かった。元妻は、婚姻期間が短かったのと、借金がある俺には支払い能力が無いと思ったからだ。
そんなことよりも、ただただ、早く俺と縁を切りたいようだった。

925: 名無しさん@おーぷん 2017/09/09(土)08:22:03 ID:Ihq
旦那同士を交換留学?させた話。
義姉、義姉夫夫婦は二人とも正社員の共働き。私、私旦那夫婦は、私が専業。
義姉家の子供は二人、4才ともうすぐ2歳。うちは2歳半が一人。
最近、うちの旦那が専業叩きを始めた。きっかけはわからないんだけど、たぶんうちの子が手がかかるようになって、前より家事が手抜きになったから。
旦那がずっと言うし、私も幼稚園入ったら働きたいと思ってたし、一年早めて就活と保育園探しを始めた。
でも、子供は2歳半。待機児童が100人単位の地域で、0歳児クラスすら定員オーバーな地域ではなかなか難しくて、保育園が決まらない=仕事ができない。
来年四月には幼稚園には入れるから、それから仕事できるけど、それでもグチグチ言う旦那にムカついていた頃。
義実家で、姉ちゃんの家はいいよなー、うちはーと安定の専業叩きを始めた私旦那に、義姉(旦那姉)が、「じゃああんたうちくる?一週間か2週間。共働きの旦那体験やってよ。ね、練習しときな」と言ってくれた。
幸いどちらも駅で言えば二駅くらい、通勤にも支障なし。
義姉旦那さんも、「私ちゃんの料理うまいし、私息子くん、たくさん遊ぼうなー!!」とノリノリ。
義姉には、いつも通りでいい、ごちそうも出さないで、うちも出さないから、家事もうちは旦那がほとんどやってるから任せてね、
私も弟に旦那がやってること全部やらせるからといわれ、とりあえず2週間の交換留学が決まった。
結果、うちの旦那は4日目で発熱、それでも保育園に朝子供二人を自転車で送ってから仕事、帰宅後は洗濯と洗いもの、
朝起きたら子供たちの保育園の支度、朝御飯を食べさせたり着替えさせたりして、休日も義姉は容赦なく仕事や用事で家をあけるから子供たちと遊んだし、ご飯の用意もないから全部自分でやったらしい。
うちに来た義姉旦那さんは、何でも褒めてくれるし、家事も洗い物洗濯物掃除機やって仕事に行ってくれるし、朝も少し早く起きて子供と遊んでからいく、休日も6時おきで子供と遊ぶしうどん作ってくれて、
私ちゃんちょっと美容院でもカフェでもいってきたら?男同士で秘密の遊びするからと息子と二人で何か遊んでてくれた。

893: 名無しさん@おーぷん 2017/02/03(金)19:23:56 ID:IxU
離婚が成立してテンションが上がってるので書き込み!
元旦那に頼み込まれて良トメさんの介護の為に正社員からパートに切り替え、家事もこなしてきたのですが、不倫をされて精神的にショックを受けた。
元旦那からは、昇給の見込みがあるし正社員をやめてもらってまで介護をしてもらってるから、パートが辛くなったら辞めてもらってもよいと言われていた。
やっぱり働きながら介護をするのは辛いので、完全に専業主婦になって色々頑張った・・・
メシマズ寄りだった料理は味にうるさい父が「美味しい」というまでに腕を上げられたのは大きな収穫だった。
トメさんが亡くなり、子供を作る事も考えようかと言う時に元旦那の不倫相手が凸・・・
あなた、旦那に騙されてますよ!私と不倫してますよ!あのバカ男(元旦那)、母さんがタヒんだし安心して嫁と別れられる~と言ってましたよ!人でなしですよ!
私も別れます!貴女も別れたほうがいいですよ!とまくしたてられた。
なんとこの不倫相手、元旦那が既婚者だと知らなかった

473: 名無しの心子知らず 2014/11/23(日)02:48:11 ID:0Su
久々に一人でゆっくり出来てるついでに投下してみます。

私はいわゆる恥かきっ子で、兄二人とは一回り以上年齢が離れている末娘として産まれました。
大事に育てられたのは間違いなく、そのせいでというかそのおかげでというか、悪い意味での世間知らずだったと思います。
両親が元気な内にしっかりした男性と結婚して欲しいという願いをそのまま受けて、短大在学中にお見合いして結婚。
相手は父の知人から紹介された人で、裕福な家庭の次男。ゆくゆくは長男さんと一緒にお父様の会社を継ぐ予定になっていました。
お見合いでの第一印象は悪くなく、優しそうで好感を持ちました。
彼のご両親が私を気に入ってくださり、私の両親が乗り気だったのもあり、話はとんとん拍子に進み、結婚。
私は家庭に入り、結婚生活はそれなりに順調で、幸せだったと思います。

結婚して半年ほど経った頃、私宛に無記名の封書が届き、そこから生活が一変しました。
差出人は、彼が長年付き合っている女性(A子さん)でした。彼よりいくつか年上で、初めての女性だったようです。
そのA子さん本人が暴露する内容の手紙で、同封されていた写真に写っていた彼が締めていたネクタイが、結婚後に私が選んだ物だったので、浮気(と言うか、結果的にそっちが本命だったんですが…)を確信しました。
すぐに彼に詰め寄る事は出来ず、両親や兄達に相談し、兄が積極的に動いて証拠を掴み、彼と彼のご両親に直談判。

彼のご両親は、A子さんの存在を知っていました。
A子さんは元々は彼のお母様と繋がりがある方で、彼との関係は彼が高校生の頃からだったようです。
彼と付き合いつつ、他の男性と結婚していた時期もあったそうで、何度も引き離したけれど、ずっと関係は続いていたとの事。
私・両親・兄二人・彼・彼両親・A子さんとで話し合いをした時、少しも悪びれずに「世間知らずのお嬢さんを騙しているようで申し訳なくって…」と言っていました。

結果、私と彼は結婚記念日を一度も迎える事なく離婚。慰謝料は総額で8桁になりました。
相場よりだいぶ高額なのは、彼のご両親からの申し出で、一括でぽんと振り込まれました。

離婚がきっかけで、私は自分の人生を振り返り、それまで自分の意志が全くなかったと気づきました。
親に言われるまま生活し、結婚も、そういうものかという程度の認識だったように思います。
突然に覚醒し、今後はどうにか自分の力で生きていこうと決意し、実家に戻らず、一人暮らしを始めました。
とは言え、一人暮らしを始めるにあたっての資金は慰謝料から出したので、全く自力ではなかったですが。

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