衝撃的

43: 名無しの心子知らず 2012/08/09(木) 17:23:46.25 ID:Dl4CKmk/
今日の午前中に泥ママ未遂?に遭遇した

場所は近所のスーパー(イ○ン系)。店内の、出口付近に水汲みサービスがある
カードと専用ボトル持ってれば、無料でアルカリ水汲んで良いやつ
ウチは小梨で旦那とふたりだが、この時期水だしお茶とか炊飯などで使うので、
2日に1度くらいのペースで3Lボトルを買い物のついでに汲んで帰っている

カード持ってないの有料なので、普段はさほど混んでいないのだが、連日の暑さ&夏休みと
言う事もあってか、開店すぐに買い物に行ったが、お手伝いの小学生で水汲み機前が混み合っていた

混み合っている時は、3本までというルールもあり、マイバックマイボトルでお使いの様子の小学生2組くらいの
後に、自分も並んで2本汲み始めた。買い物入れたマイバックは肩に掛けて、ボトルは側にあるテーブル?に
ひとつ置いてまず一本目を汲んでいた。1本に大体2~3分くらい時間が掛かるので、それをのんびり待っていたら、
自分の後にやはり小学生くらいの子が並び、先に汲み終わった子らも親と合流待ちなのか出口前でぼんやりしている状態

899: 名無しの心子知らず 2012/08/31(金) 16:04:55.69 ID:pzbI/TMs
昔働いてた職場のパートが泥ママだった
子供は中学生だったかな
その人自身は全身フリルや花ついたブランド物で固めた
旦那が安月給で~って愚痴ってたのによくお金あるなと思ったら
発覚前から人の机勝手に開けて持ち物みてたりとかしてたんだよね
注意しても「やましいものでも隠してるの?」とニヤニヤ
そのうちエスカレートしてロッカーや鞄勝手に開けるようになった
店長や他の社員に注意してくれるよう言っても泥ママのが古株で「あの人の言う通りだし」みたいに逆らわない
寧ろあの人には愛想よくしとけ、みたいな感じ
他にもクーラーガンガンにつけて寒くて体調崩す人までいたのに「泥さんが暑いって言ってるから」とか
そのうち私の財布からお金が抜き取られた
間違いなく会社来た時にはあったから窃盗
店長に言ったら「抗議文を書いて朝礼で読めば?」とだけ
普段から机や鞄触る泥さんが怪しいと言うと「同僚を疑うなんて最低だ!」と何故か説教された

504: 名無しの心子知らず 2012/08/21(火) 15:32:47.78 ID:zBnA/NLK
豚切って失礼します。
フェイクもあり。私はアラサーの毒女です。

先日、とある衣料量販店で気に入ったものがあって試着室に入りました。
カーテンを閉めて、靴をそのまま放置するのが気になって、かかとの部分だけ試着台に
ひっかけて見えるようにしていました。

555: 名無しの心子知らず 2015/07/09(木)10:24:24 ID:k57
現時点での最大の修羅場。
詳しく書くと恐ろしい事になるので、なるべく簡単にまとめる。


小学校一年の時、虐めにあった。
小一の子どもがやるとは思えないような、まるで今の中高生の子達がやるみたいな酷い内容の虐めだった。
詳細は省くが、性的なもの以外は粗方受けていた。多分、高学年まで一緒にいたらそれもされていたと思う。
毎日が地獄だった。
しかもタイミングとは残酷なもので、私が小学生になったと同時に父方祖母が同居する事になった。
両親や年の離れた姉の帰りが遅く、鍵っ子になる私のシッター役を買ってでたそうだが、この婆さんに虐待を受けていた私にとっては恐怖しかなかった。
婆さんのせいで両親ですら信用できなかった当時、誰にも自分の現状を吐露できず、内外に敵しかいないと絶望した私が最後に選んだ道は、自タヒだった。
手首を切ったり飛び降りたりを何回か試みた。
結局最後の一歩を踏み出す勇気がなく全て諦めたのだけれど、死ぬことしか考えていなかったあの当時が一番の修羅場。
今思い返せば、小一で何度も自タヒ未遂繰り返したり、虐めを苦に自タヒした子の話をニュースを見て「なんて勇気のある子なんだろう」と羨ましく思っていたあの頃の自分は、正気じゃなかったんだろうなぁ。

ちなみに、その後虐めは3年後に転校で、祖母とは8年後に同居解消となりました。
そこまでの流れが、修羅場の大筋。

456: 名無しの心子知らず 2015/06/21(日)22:07:54 ID:0IE
離婚した両親が水面下で継続してて、
離婚の原因である父のDVは、両者納得積みのプレイだったって知った瞬間
二人は私の独立後に再婚した

生まれてからずっと父が手をあげる姿をみていたけど
母が私のことがあるからと言って離婚したがらなかったから、幼少時は何もできなかった
家は代々開業医で裕福
またなぜか父の暴力の対象は母に限定され私は普通に可愛がられていた
母が虐げられる中での父の厚遇は剃刀の刃を飲むように痛いものだったけど
幸福だと思わなきゃ単なる母の枷のようでそれこそどうしようもない
でもそれも16の時、酒の瓶を持った父から母を庇って流血沙汰になり
母は渋ったが私の度重なる説得と、
父の子供にまで傷を負わせてしまった負い目でようやく離婚になった

もう私はバイトもできる年だから、なんとでもしてやる
母を幸せにしよう、離婚してよかったと思ってもらおうと躍起になった

だけど就職して一年後、予定外にアパートに戻るといないはずの父がいた
とっさに警察に通報しようとした私を止めたのは、
床に転がっていた被害者だと信じていた母の、
これまでどれだけ殴られても出さなかった金切り声だった

加害者をかばうこと自体信じられないのに、さらに母は信じられないようなことを口走り始めた

「私はお父さんを愛してるし、お父さんも私を愛してくれている。
まだ恋人もいないあなたにはわからないんでしょうけど、いろんな夫婦の愛の形があるのよ」

890: 名無しの心子知らず 2015/08/16(日)14:45:26 ID:hEI
私の知らないところで私のために修羅場が起こっていたことを知った修羅場。

私と旦那は大学入学時に付き合い始め、卒業と同時に結婚する予定だったんだけど
ウトメが旦那sageコトメ(高校生)ageばかりのテンプレ毒親で猛反対されていた。
私は幼い頃両親を亡くし、育ての親の祖父母も鬼籍に入ったので親類は兄一人だけだった。
そんな金と縁のない女とは結婚させられない!もっと金ヅルのような家柄を嫁にしろ!というウトメ。
ウトメは旦那から絞ったお金をコトメにつぎ込み、優秀な教育・大学・就職…というレールに乗せたかったらしい。
悩む私夫婦の相談に乗ってくれた兄から「安心しろ何とかしてやる」という励ましを受けた後、
それからしばらくしてウトメからの反対や嫌がらせが無くなり、無事に結婚することが出来た。

500: 名無しさん@おーぷん 2015/12/22(火)20:08:22 ID:uMx
母が弟を捨てる所を目の前で見たのが修羅場
滅茶苦茶長文なので嫌いな方スルーして下さい

私には1歳下の弟がいる(仮名・ゆうすけとします)
小さい頃私達一家(父母私弟)は父方の祖父母と同居していた
よくある話だけど祖母は母と折り合いが悪く、その息子である父も自分の母親言いなりだったようだ
祖父は非常に無口な人ではっきり言って空気だった
祖母と父は、弟を異様に可愛がって…というか甘やかしていた
姉の私とははっきり差別があった
弟だけ決められた時以外でもオヤツを食べて良かったし
嫌いな食べ物を残しても、オモチャを散らかしても怒られない
5歳の弟が花瓶を投げて割った時も、一緒に遊んでいた私が叱られる有様だった

母は子供ふたりには分け隔てなくしっかり躾けようとしていた
別にヒステリックなやり方じゃなくて「ご飯前にオヤツは禁止」「遊んだオモチャはすぐ片付ける」とかごく当たり前の躾けだったと思う
けどそれを祖母や父が
「お母さん怒ってばっかりで怖いねー」「ゆうちゃん、オヤツ好きだもんねー」
とか言って甘やかし続けてたのは良く覚えてる
正直当時は好き勝手やってもかばってもらえる弟が羨ましかったりもした
母は随分努力した(と思う)けど、母親VS父親&祖母の1体2じゃ勝ち目はなかった
今思えば嫁いびりの一環でもあったんだと思う

結果、弟は小学校に上がる頃にははっきり言ってかなりの糞ガキになっていた
食卓に自分の気に入らない料理が出ると食べないだけでなく、箸やフォークでグチャグチャにする
どこかで「ババァ」と「ブス」という言葉を覚えて母と私を呼ぶのに使う
母を「ババァ」と呼んで怒られると「鬼ババァが怒った♪鬼ババァが怒った~♪ばぁちゃ~ん」と祖母の所へ駆け込んでいく
自分が散らかした子供部屋(私と弟の共有)を「ブス!片付けとけよ!」と私に命じて遊びに出かける
私の当時の宝物(お菓子のおまけのシール)を盗んで親には「お姉ちゃんがくれた」と嘘をつく
母は「お姉ちゃんに返しなさい」と怒ったけど、祖母や父は「お姉ちゃんがあげたんだろ?取り返すなんて意地悪」と私を叱った
結局宝物は返って来なかった

337: 名無しの心子知らず 2012/08/17(金) 16:15:46.32 ID:n97pg3fu
流れを読まずに投下。
先日、商店街でベビーカーを盗まれそうになりました。
いや、盗まれたところを商店街の人たちに取り押さえてもらえたというのが正解ですが。

先日ちょっと涼しかった日に、散歩がてらベビーカーに娘を乗せて、歩いて近所の商店街に
買い物に行ったのですが、田舎の商店なので中はせまく、入るときはベビーカーは外に
置くことになります。
で、娘をだっこしてベビーカーを置いて中に入り、商品を見ていてふと外に目が行った時、
私のベビーカーをたたんで抱えたおばさんが見えました。
とっさに「あの、それ!」と言いながら外に出ようとすると、おばさんこっちに気付いて
ダッシュで逃走。
外に出て追いかけようにも娘を抱えたまま追えるほどの体力も体格も無いので、あらん限りの大声で
おばさんに向かって『どろぼーーーー!!べびーかーかえしてーーーーーーーーーーーーー!!』

すると気づいてくれた人たちが一斉に泥棒に追いすがり、あっという間にとっつかまりました。

すぐにその場に行くとおばさんがぎゃんぎゃん騒いでいて、お約束通り「これは私のだ」
「こんなガキがこんな高級なベビーカーなんか持ってるわけがない」と。
(私は成長障害があって、いわゆるガキに勘違いされてもおかしくない体型です)
そして「このガキのだという証拠があるのか!」というので、
「この子の名前、○○。そのベビーカーのあちこちに書いてある文字読める?」
実は旦那の趣味で、わざわざ布地にアイロンプリントでルイヴィトンっぽくデザインした○○という文字
でびっしりになっていた。
「騙された!詐欺だ!偽物作るなんて犯罪者!謝罪だ賠償だ!フジコフジコ!」(聞き取れないような罵倒)

103: 名無しさん@おーぷん 2017/05/28(日)12:47:47 ID:pC9
実の妹と縁を切った時の心の修羅場。
妹は結婚と同時にかなり遠方に行ってしまって帰省は2年に1回。
生活はあまり楽ではないみたいで、帰省費用が大きな負担らしかったのでそれも仕方ない。

母が事故で急死し、ひとりになった父がみるみる元気が無くなり
旦那の理解もあって同居を開始した。
マンション暮らしだったけど客間を父の為に空けてくれて。
実家は元々が小さな建売だったし古いし田舎だし二束三文みたいなもんだったけど処分した。
処分する前に妹に報告した時、実はちょっと引っかかる言葉があったんだ。
「売ったお金は何に使うの?お姉ちゃんが使うわけじゃないよね」って。
売ったお金は当然父のものだって話はしたけど、嫌な言い方するなーって思った。

それから5年後に父が倒れて、更に2年後に亡くなったわけだけど
その間も妹は2年に1度1時間程度顔を出すだけだった。
もう実家が無くなってるのでそれは仕方ないとは思うけど、たまに父の様子を電話で知らせると
お金を出せなんてこれっぽっちも思ってないし言ったこともないのに
「金がない金がない生活苦しい生活苦しい」と言われて、暗に牽制されてるような気がして嫌だった。
そんなふうだったにも関わらず、父が死んで相続の話し合いの時に
300万ぐらいの貯金しか残って無いのに、それの半分を要求されたときは
なんとなく予感はあったとはいえやっぱりショックだった。
おまけに全く関係のない妹の旦那が「そんだけしかないのかーわざわざ来ることも無かったな」とか言い出して
それを聞いた妹が「本当にこれだけなの?」って私に聞いてきた。
「そうだけど、相続折半するなら葬式代も半分出してね」って言ったら「そんなお金ない」だと。
「じゃあ葬式代半分差し引いて振り込んであげるわ」って言ってやったら妹の旦那が怒って帰っちゃった。
「あの人怒らせてどうしてくれるのよ!」って言われたけど知らないよ。そっちでやってよ。
なんかもう、旦那の前でこんな妹を見せることが情けなくて恥ずかしくて堪らなかった。

672: 名無しの心子知らず 2012/08/24(金) 14:46:26.20 ID:kWnXax77
もう何年も前の話だけど。この時期になると思いだす

小学生高学年だった俺は友人と一緒に地元のお祭りに行ったんだ
まあお祭りって言っても大掛かりな物じゃなく、公園を借りただけの小規模なのやつ
スーパーボールすくいとかクジとか、あんまり数は無いけど、そこそこ楽しくて
1時間ぐらいして友人が帰った後も、お小遣い使い切るまでは居よう! と思いブラブラ

そしたら、当時の俺より小さい子供を連れた泥(ママ)が話しかけて来てさ
「ボク一人で大丈夫?」 「おうちは近いの?」 「そうなんだ、偉いねー」 とか
単純なガキだった俺は褒められたのが嬉しくてポヤポヤしてたんだけど
突然に泥子が俺に向かって突進して来て、俺が持ってたわたあめと財布を奪ってダッシュ!

あんまりビックリして驚いて、何も出来ずに居たら、泥ママの方は
「んまっ! しょうがないわね~!」 「私、連れ戻して来るから、ボクはここで待っててね!」
みたいな事を言ってどっか行っちゃってさ。俺、馬鹿だから、ずっとその場で待ってたわ

そしたら祭りの音楽を引き裂くようなサイレンが聞こえて、救急車が飛んできた
俺はあの泥子が警察に捕まっちゃう! 返してくれればそれでいいのに! と思って、音の方に駆け寄ったんだけど
そこには半狂乱になった泥ママと、ストレッチャーに固定されて救急車に乗せられる泥子の姿が……
どうやらワタアメ食いながら逃げたせいで転んで、割り箸が、という定番の事故をやったらしい。当時の俺は何かあったって事しか分らんかったけど

大人が泣き叫ぶのとか初めて見たし、張り詰めたような空気が怖くなって、俺は逃げ帰っちゃった
どうせ財布の中には、ガリガリ君の一本すら買えない小銭しか入って無かったしね。当時の俺にはお金ってだけで特別だったけど
帰った後で親に財布の事を言われ、素直に有った事を話したら、俺は悪くないよって言われたので安心して眠った記憶がある

俺ももういい年なんだが、未だに歩きながら棒状の何かを食うのがトラウマだ
座ってればいいんだけど、立ったままだと何となく怖い。食い難くても横から食ってる

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