胸糞

418: 名無しの心子知らず 2013/06/26(水) 11:27:37.33 ID:WZd8RLtl
某ドラッグストアで買い物をしたときに泥に遭遇した話
泥ママ要素薄いかもだけどそれが根源なのでこちらに

店内で品物を眺めていたら、やたら私の後ろをついてくるベビカを押したママ
見た限りカゴも持っていないし、ひまつぶしに来てるのかなと思っていた
いざ私が会計ってとき、サッカー担当の店員が紙おむつと生理用品を別袋に分けてくれたんだが、それをレジ向こうに回っていた泥が「じゃあ私これ持つねー」と持っていってしまった

654: 名無しさん@おーぷん 2017/10/31(火)21:31:30 ID:Ner
紅葉の季節になると思い出す私の黒歴史。
当時付き合っていた彼(私にとって初彼だった)と日光に行った。
それまで私は車酔いの経験はなかったのに、いろは坂の真ん中あたりで
すごく気持ち悪くなって吐きそうだったから展望台の所で休ませてもらったんだけど
だんだん混んできてたから彼は寄り道せずに中禅寺湖まで早く行きたいと言った。
吐き気は全然治まってなかったからもう少しだけ休ませてって言ったら
舌打ちしたのが聞こえちゃったんだよね。
それでこれ以上我儘言えなくなって車に乗り込んだんだけどもう景色を見るどころじゃなくて。
で、中禅寺湖に付いたら彼が遊覧船に乗ろうって言いだした。

41: 1/2 2010/02/20(土) 11:59:15 ID:or3vJJMq
流れを切らせてもらう。

保育園で有名なキチママM。
M息子(以下M太)が腹を押さえてゲロ吐くことがあって、
腹部を確認するとどう見ても蹴られたとしか思えないケガしてたり
目の回りを真っ黒にしていたり、腕につねられた痣を作ってることもしばしば。
何回も誰かが児相に連絡してるけど、Mが障害者(うつ?)なんで手出しできないらしい。
それで周囲が気をつけたり、保育園を数日連続で休むことがあれば
園長が家庭訪問して無理にでもM太を連れだしてた。
そしてとうとう、児相がM太を一時預かりするということになった。

それから数ヶ月、なぜかM太が家に帰されることになった。
それと同時に、私を含めて数件のママにMのメールが入った。
内容はM太が帰ってくるのがうれしいとか、もう離さないとか色々だったけど
せっかくM太が帰るのに、お米を買う金もないと泣き言。
要約すれば「金貸して」だった。しかも数万単位。


485: 名無しさん@おーぷん 2016/02/08(月)23:25:18 ID:Jve

カッコウの子は所詮カッコウなんだと思い知ったのが修羅場。
長い上に胸糞系。

私が中学に入った年に父親が若い女と浮気して男の子を生ませた。
跡継ぎ作れと時代錯誤なことを繰り返していた祖父母は異母弟を産んだ女を歓迎し、私たち姉妹と母を追い出して浮気相手を後妻に迎えようとした。
私たち姉妹の養育費を確保するために母は慰謝料を父親と不倫相手に要求し、相手方の親が払ったらしいけど、生まれた子を置いて不倫相手はどこかへ消えた。

残ったのは赤ちゃんだった異母弟。
父方の祖父母は今でいうパチンカスで両親の仕送りで生活している有様だったから赤ちゃんを育てるのはハナから無理で、育児の手ほしさなのか父は再構築を願い出た。
父が再構築を願い出てきた時、母は迷った末に了承。
母が再構築を受け入れた理由には、おそらく私たち姉妹の学費の捻出があったんだと思う。
(当時私が中学1年、妹は小学5年生。どちらも私立に通っていたし、付属だったからそのまま進学するつもりでいた。)
それまで専業主婦だった40前の主婦が働きに出ても私たち姉妹の学費にはとても足りず、母方の祖父母はすでに年金暮らしで経済的には頼れなかった。
慰謝料を分割にしても父はおそらく払わないと想像がついた。
男の子が生まれた途端に「いらない」と言われた私たち姉妹を父の元に残して離婚するわけにもいかず、母は再構築を受け入れたんだと思う。
この一連も修羅場と言えば修羅場だけど割愛する。


異母弟を育てることになって、反発した私たち姉妹を「自分より弱い命を苛めるような情けない人間にはならないで」と母は繰り返し言った。
内心腸が煮えくり返っていただろうに、母の異母弟に向ける態度は私たち姉妹に向けるものと同じで、母を見ているうちに私たち姉妹も異母弟を可愛いと思うようになった。
異母弟が中学の半ばに差し掛かるまでは仲のいい姉弟だったと思う。

異母弟が中学の半ばになったとき、父親の浮気相手だった女がふらりとやってきてそこから異母弟がおかしくなりだした。
そのころ私と妹はすでに成人して家を出ており、私は双子妊娠中だった。
後日母や異母弟から聞いた話をまとめると、
・浮気相手だった女は私母に産んだ息子を取り上げられた。
・会うことすら認めてもらえなくて、会ったらまだ赤ちゃんだった弟を川に投げ捨てると脅された。
・私とお父さんは出会う順番が遅かっただけで、愛し合っていたのに母が嫌がらせをして引き裂いた。
的なことを浮気相手は異母弟に吹き込んだらしい。

異母弟は母が実の母親じゃないとそのころには知っていた。
(お節介な父方の親族が何かの際にリークした。)
それですっかり実の母親の言うことを真に受けて、母に暴言やDⅤを繰り返すようになった。
それを止めもせず、父は加担したらしい。そこに浮気相手だった女まで混じっていたと聞いたときに、夫が止めてくれなければ私は確実にサツ人犯になったと思う。

きっかけは経済面でも再構築しているうちに母は父を許していたのに、自分が外で作った子を14年も愛情いっぱいに育てた母にどうしてそんな仕打ちができたのか。
今でも父と異母弟が信じられない。

ごめんなさい。
入りきらなかったので分割します。

464: 名無しさん@おーぷん 2014/05/31(土)02:14:38 ID:ypOvpatHH
ちょっと長いです。修羅場まっただ中。

前提。
私の姉は生まれつき手に障害がある。
訓練すれば日常生活に支障はないけど、見た目ではっきり判るような障害。
私はその姉を不憫に思った両親が、姉の将来の為に作った子供。
幼い頃から、パパママが居なくなってからは
私ちゃんがお姉ちゃんの面倒を見るんだよって言い聞かされて育った。

でも、障害以外の面で、姉は何もかも私より優れてた。
姉は美人で(仲間由紀恵似)明るくて頭も良い。
私は地味顔でネガティブで成績は平凡。
私は、小学生の頃から、こんなに可愛くてなんでも出来るお姉ちゃんの面倒を
どうして私なんかが見る必要があるのかなって疑問だった。
とはいえ、姉本人は私に優しかったし姉妹仲も悪くなかった。

姉が26才、私が24才の頃の話。
私は地味なりに平凡なりに、大学を出て就職して
職場の先輩の紹介で出会った男性(A)と付き合って
1年経ったあたりで結婚しましょうかって話になった。

Aを両親に紹介した時もプチ修羅場で、両親はAの前ではニコニコしてたけど
私が結婚してしまったら姉の将来はどうなるんだって反対された。
でも、姉本人が大丈夫だって言ったんだ。
姉も結婚を視野に入れて付き合っている男性が居るからって。
その人は収入が安定していて穏やかで優しい良い人だって。
そういう人が居るならって、両親もそれからは私の結婚に反対しなくなった。
その時は心底姉に感謝したよ。

535: 名無しさん@おーぷん 2014/07/03(木)00:28:06 ID:y2WX1eEzf
申し訳ありません、書捨てです。この場を借りて私の気持ちを吐き出させて下さい。


夫とは20歳の時バイト先で知り合い付き合い初め3年前に結婚し今のアパートに住み始めました。
夫は阪神淡路大震災で両親と三歳の妹を失ったのですが他に身内もおらず孤児院で育てられた人で
「両親や妹が天国から見守ってくれている」「両親や妹の分まで絶対に幸せになるんだ!」
と会ったバイトの飲み会で言っていました。

721: 名無しさん@おーぷん 2014/07/10(木)16:37:25 ID:RVJRK3zgo
数年前に娘がトラックに跳ねられた。意識が無く重症だと職場に電話がかかってきたので半狂乱になりながら帰り支度。
上司は「早く行っておいで!」と言ってくれたので急いで廊下を走った。
すると、向こう側から嫌いな男が歩いてきた。自己中心的でわがままな男。その男が、
「私さん、15時からの緊急会議に出席してくれないか」と言ってきた。
「娘が事故に・・・」と説明しても、「それ娘の自己責任じゃん。事故だから自己責任なんつってw」とわたしの腕を引っ張ったので振り払って走った。

次に駐車場。私が停めている目の前に白いセレナがとまっていた。
急いで一階のカウンターへ行き、車を退けてもらう放送をしてもらった。
しかし、待てど暮らせど持ち主が現れない。もう電車で行ってしまおうか(駅は遠い。物凄く遠回り)と思ったらようやく持ち主が現れた。さっきの自己中心男。
「ごめんごめんw 私さんが欠席するから緊急会議なかなか抜けられなくてw」とヘラヘラしながらノロノロどかす。
私はキレながら車に乗り病院へ向かった。
しかしその道中でノロノロ運転に遭遇。追い越し不可の片側一車線の道を制限速度-20キロで走行。
横道逸れて走った。

648: 名無しの心子知らず 2015/07/13(月)11:45:04 ID:614
元彼との話なんだけど、当時、私は1人暮らしで猫を飼っていた
付き合いだした彼は猫好きで、猫も懐いてて、彼が来たときは良く構ってた
最初は微笑ましく思ってたんだけど、だんだん不満が溜まっていった
猫には来る度に高いおやつを手土産に 私にはないか、あっても猫への手土産より安いもの
私に会いに来てるんじゃなて、猫に会いに来てるみたいだった
ある日、とうとう我慢できなくなって猫を保健所に連れて行った

555: 名無しの心子知らず 2015/07/09(木)10:24:24 ID:k57
現時点での最大の修羅場。
詳しく書くと恐ろしい事になるので、なるべく簡単にまとめる。


小学校一年の時、虐めにあった。
小一の子どもがやるとは思えないような、まるで今の中高生の子達がやるみたいな酷い内容の虐めだった。
詳細は省くが、性的なもの以外は粗方受けていた。多分、高学年まで一緒にいたらそれもされていたと思う。
毎日が地獄だった。
しかもタイミングとは残酷なもので、私が小学生になったと同時に父方祖母が同居する事になった。
両親や年の離れた姉の帰りが遅く、鍵っ子になる私のシッター役を買ってでたそうだが、この婆さんに虐待を受けていた私にとっては恐怖しかなかった。
婆さんのせいで両親ですら信用できなかった当時、誰にも自分の現状を吐露できず、内外に敵しかいないと絶望した私が最後に選んだ道は、自タヒだった。
手首を切ったり飛び降りたりを何回か試みた。
結局最後の一歩を踏み出す勇気がなく全て諦めたのだけれど、死ぬことしか考えていなかったあの当時が一番の修羅場。
今思い返せば、小一で何度も自タヒ未遂繰り返したり、虐めを苦に自タヒした子の話をニュースを見て「なんて勇気のある子なんだろう」と羨ましく思っていたあの頃の自分は、正気じゃなかったんだろうなぁ。

ちなみに、その後虐めは3年後に転校で、祖母とは8年後に同居解消となりました。
そこまでの流れが、修羅場の大筋。

713: 名無しさん@おーぷん 2017/06/10(土)20:02:41 ID:v3P
以前夜勤明けに少し遊びに行こうと思い、山近くにある運動公園の駐車場に車を停め
後部座席で仮眠取ろうとしていたら
オッサンが一人山の方から走ってきて、慌てた様子で辺りを見回していた
偶然オッサンと目が合ってしまった途端
オッサンは物凄い勢いでこちらに走ってきて、ドアノブをガチャガチャ窓をドンドン叩きながら
「開けろ!開けろ!早く!」と叫び始めた
いきなりそんな勢いでそんなこと言われてもなんか怖いし
乗ってたのはワゴン車で、後部座席は部屋みたいに改造して綺麗にしてたので
何やってたのかは知らんが小汚いオッサンを乗せたくなかったので
首を振って駄目だと伝えたが、オッサンは変わらずなぜか山の方をチラチラ見ながら開けろ開けろと騒ぎ続ける

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