母親

176: おさかなくわえた名無しさん 2018/02/28(水) 17:42:16.59 ID:7OAaUUcM
ウチの母親の神経わからん話

小1の時に母親がムクドリかなにかの雛を拾ってきた
数日間は母親が甲斐甲斐しく世話してたんだが、ある時からその全ての世話を私1人に押し付けてきた
日中は常に仕事で雛を構えない母親より、その当時利き腕を骨折中で体育や外遊び厳禁だったから、学校にいる間はずっと教室に居て雛の世話出来るかもしれない私が適任って考えたんだろう。
なんせ家には既に先住猫が居て食べられる危険性もあったし、家で飼うより学校で世話した方が、という考えだったのかもしれない
たった数回のレクチャーの後は虫かごに入れられた雛と共に学校に行かされた
学校に行けば雛は担任やクラスメイトから「ピーちゃん」と名付けられ大変な人気者になった
世話は担任はノータッチで全て私1人でやった
利き腕を使えない中、なんとか頑張ってやってたと思う

809: 名無しさん@おーぷん 2014/07/13(日)10:37:17 ID:Oe6SGeKUQ
8歳の時、学校から帰ったらいつもいるはずの母がいなかった。
買い物だと思ってその時は気にしてなかったけど5時になっても6時になっても帰ってこなくて
どっかで怪我したかお腹が痛くなってるのかと思って近所中を探したけどいなくて
玄関先でずっと待ってた。暗くなっても待ってた。
そのまま玄関先で寝てしまって目が覚めたら父がいた。
それから険しい顔になった父があちこち電話かけてバタバタした数日が過ぎたのだけは覚えている。
当時は訳も分からず父に言われるままに流されていたが、後に聞いた話によると
要するに母はほんの数十メートル先の家庭の旦那さんと駆け落ちしたらしい。
リビングの引き出しの中に置手紙があったらしく、そこに離婚届も同封されていたそうだ。
相手の家庭の奥さんとうちの父親、それに俺を含む子供たちは近所中の好奇の目で見られ双方引越しをした。
たぶん一学期の終わり頃の出来事で、夏休み中に引っ越し二学期から転校した。
大人の事情はよく分からなかったが、とにかく俺は母に捨てられた。
それだけが子供心にずっしりトラウマになりどんどん暗い子供になっていった。
幸い父はあまり泊りの出張などのない仕事だったので、それまでより早く帰ってくれるようになったが
少しでも遅くなると父にも捨てられるんじゃないかと思って玄関先でめそめそ泣いてるような子だった。
そして4年生になる直前に新しい母親ができた。
新しい母親は菊池桃子にそっくりの可愛い女性だった。
俺は新しい母親のことを「ももちゃん」と呼んだ。
いつもニコニコしてて俺のことをとても大事にしてくれた。
遠足の時には今で言うキャラ弁みたいなのを作ってくれて、世界がパーッと明るくなったような生活になった。
後で知ったが、ももちゃんは父の同僚だった。
一度結婚したが子供を産めなくて離婚したそうだ。
もともと子供が大好きで、だから父との再婚には子供がいることは何の障害にもならなかったらしい。
父が再婚した翌年の母の日に、思い切って「ももちゃん」を「お母さん」と呼んだら泣いて抱きしめてくれた。
その頃にはもう、俺を捨てた実母のことはすっかり忘れていた。
高校3年の時、父が通勤途中に心筋梗塞で急タヒ。
母とは血が繋がらない親子だが、その後もそれまで通り普通に母子として過ごした。
父も結構な遺産を残してくれたので、お金の苦労はたぶんなかったと思うが
趣味が高じて講師になっていた母は、最初の一年ぐらいは落ち込んでいたものの
元のように忙しそうに楽しそうに毎日駆け回っていた。

220: おさかなくわえた名無しさん 2018/04/05(木) 12:26:33.86 ID:7OpruVP7
30年以上前の話。
うちは母子家庭で母ちゃんは体が弱くて貧しかったから、俺もファミレスでバイトして高校の授業料と生活費の一部を賄ってたんだ。
ある日バイト先に母ちゃんが食べに来たんだけど、口紅塗ってスカート履いた母ちゃんを初めて見たw
そして乗って来たのはライトが壊れて懐中電灯をくくりつけてあるサビサビのママチャリww
注文は店で一番安いスパゲティーナポリタン380円也www
母ちゃん同僚や店長が通る度に、一々立ち上がって「これ本当に美味しいですね。○○を宜しくお願いします」って頭下げてるし、同僚には「オマエの母ちゃん380円www」なんて笑われるし。
家に帰って二度と来んな!って怒っちゃった。

876: 名無しさん@おーぷん 2014/07/19(土)18:33:48 ID:ooGTaIBH4
三ヶ月ほど前から嫁のふりをして母(俺の実母、嫁にしたら姑)とメールをしている。
発端は母が嫁に対し陰でちくちくイヤミを言うという訴えを受けたため。
しかし俺の前ではいつものやさしい母なので、試しに嫁のメール代行業者となってみたわけ。

そしたらまーオカン、ねちねち~とイヤミを連打で繰りだしてくる。
夕飯のおかずを聞かれたのでメールで「豚しょうが焼きでした」と返すと
「そんな油っこいものばかり食べさせて。あの子は食が細いのに(嘘)お腹を壊してしまう」
なので次は「そうめん」と送ったら「そんな栄養のないもの。あの子が栄養失調で倒れたらあなたのせい」。
しかし俺の前ではあいかわらずニコニコ~で嫁にもやさしい母。

最初のうちこそ母がこんなクソババアだったのかと情けないやらムカつくやらだったんだが
だんだん面白くなってしまって、最近はマゾヒスティックに自分に酔いはじめている。
メシ食いながら嫁に「ねえ、今日もおかあさんにこんな嫌味言われちゃった」と報告すると
嫁が「なんだそんなこと。ハイハイって言っときゃいいんだよ。おまえが大人になれよ」
と諭してくれる。
俺は「嫁ちゃんたらヒドイ、もっと親身になってくれても…」とシクシクする。
そしてベッドの中では男女逆転…というか、元に戻る。燃えるww

このプレイにハマってしまって、嫁のふりメールがやめられん。
ほんとはもっと前にネタばらしして母をゴラァするつもりだったのだが
まあプレイに飽きてからでも遅くないからいっかw

821: 名無しの心子知らず 2016/08/22(月)21:59:58 ID:V9G
豚切りすまん、吐きだし。

小2の時に母(以下糞)がパート先のアルバイトの男と駆け落ちした。
父の出張中、俺の登校中に荷物まとめて出て行ったんだが、そうと知らずに
糞が帰って来ないのを心配して、スーパーまでの暗い道のりを3往復して探したが見つからず
泣きながら夜道を歩いていて警察に保護された。

そして中3の時に学校帰りに待ち伏せされて、
父とよりを戻したいので一緒に頭を下げてほしいと
真昼間から寝言を言ってきた。
その時は糞に「寝言は寝て言え」とだけ返事して走って逃げた。
誰彼構わず他の生徒に「俺くんってどの子?」と聞いて回るぐらい
最初俺のことが分からなかったくせに。
おかげで学校で尾ひれのついた噂話が広まり、受験に集中できず第一志望を変えざるをえなかった。

631: 名無しさん@おーぷん 2017/10/19(木)20:17:11 ID:wMh
うちは両親離婚してて、母親のみ。経済状況が良くなかったので、毎月7万仕送りをしていた。
母親実家は裕福だったようで、祖父母が亡くなった時に母親はうん千万の遺産を相続したらしい。
死ぬまでこのお金で生きていくため、少しでも減らしたくないと言うので仕送り継続、なのにほんの数年で全部使い切りやがった。

問い詰めれば、私は若い時に結婚して苦労した。だから幸せになる権利があるとのこと。
今は私に寄生して、死ぬまで面倒みてねとか言ってる。

毎日ストレス、こっちが早死にしそうだ。

546: 名無しさん@おーぷん 2015/11/11(水)10:31:17 ID:Zh4
母がここ一年でヒステリックを起こすようになった。
それまでは優しくて温厚、いつもニコニコしていて家庭を明るくしてくれる人だった。
私と兄はすでに結婚して実家を出ており、母の変化にヘルプを出してきたのは父。支えきれない、離婚したいと何度も言っている。
兄はさっさと離婚すれば?と言っているけど、私は父の離婚して母を見捨てる思考に憤りを感じている。
私達兄弟が子供の頃、父が会社をクビになり、母がダブルワークをして家庭を支えた。父を正社員で採ってくれるところが見つからず、バイトをしながら就活。
私はこの時点で、何故父がダブルワークをしないのかと思ったけど、ダブルワークをしてたら正社員になる就活をする時間がなくなるからだと無理矢理納得。
母は家事子育てに+してダブルワークをこなし、父の就職をサポート、正社員が決まりようやく解決。
私達兄弟が成人して少したった頃、父が骨折した。まだ実家にいた私と母が父をサポート。どうしてもできない部分だけ、手を貸したり、うまく歩けず落ち込む父に母は頑張って豪華な料理を振舞ったり
足が治ったら夫婦で〇〇に旅行に行きましょうと計画を練ったりしていた。ちなみにこの頃は母の仕事が軌道に乗り、生活にかなり余裕があったから出来た事だった。


36: 名無しさん@おーぷん 2017/09/28(木)00:40:13 ID:HRr
学校の先生は性格がおかしい人が多いと言われるが、自分の母を見ていると真実だと思う。

今は退職して何十年も経ったが、昔、母は小学校教師だった。母は私や兄に「教師は女の仕事としては最高の仕事だ」といつも言っていた。
その「最高の仕事をしている自分」にものすごいプライドを持っていた。ある時、その最高話にウンザリした兄が「女性のお医者さんや
弁護士や大学教授もいるよ」と言ったら、母は「それは例外でそんな人はあまり居ない、普通の仕事では最高なんだ」と怒鳴った。
兄が「普通は普通で、最高とは違う物だ」と言った瞬間、兄は母に殴られていた。目が吊り上がって顔が真っ赤な母に「お前もそう思うか?」と
聞かれた私は兄を裏切るわけもいかないけれど、殴られたくないのでどうしてよいか分からず即答できなかった。再度「お前はどう思うんだ!」と
怒鳴られ、パニックになった私は「普通は最高だと思う」と答えてしまい「馬鹿」と言われ、母に殴られそうになった。その瞬間、兄が「今の事を
赤の他人に言って聞かせてもいい?」「最高話を人に言いふらすよ」と言ってくれたので母に殴られずに済んだ。母は「お前たちは世の中の事を
分かっていない」などとブツブツ言いながら部屋を出て行った。家に父親は居たが、全くの空気だった。何を言っても相談しても「母さんの言う
通りにしなさい」「母さんを怒らせたら駄目だよ」と言うだけだった。

30: 名無しの心子知らず 2016/05/27(金)16:32:46 ID:ddX
高校生の頃、父方の祖母と何ヶ月かだけ一緒に暮らしたことがあった。
祖母は伯父さんちで同居してたんだけど、家を建て替えるか何かでその間だけうちに来たんだ。
でもたった何ヶ月かの間だけでも母は同居を嫌がった。
母は祖母をすごく嫌ってたから。私や姉も嫌ってたけどw
だって同じ孫なのに伯父の所の息子には「跡取りさま跡取りさま」ってバカみたいに小遣いあげまくってて
私も姉も誕生日や入学祝卒業祝いどころかお年玉すら貰った事なかったもの。
そういう差別を母がすごく嫌がって、跡取りってことで差をつけるのは別にいいけど
わざわざ娘たちの目の前でやるってのが意地が悪い、気分が悪いっていつも怒ってた。
母のことも「女しか産めなかった嫁」って苛めてて、伯父の奥さんのことなんか
「ちゃんと長男の嫁として心得てる(=跡取りを産んだ)」って大事にしてた。
定員割れの高校しか入れないような分数計算も出来ない跡取り息子なのに。
父は「年に何度か顔を出すぐらいなんでもないだろ~」って能天気だったから
私も姉も母の味方で一緒になって反対してた。
だけど父は父で、いつも兄(伯父)に母親の面倒丸投げなのに
こんな時ぐらい俺がしっかりしなきゃってアホみたいに突然使命感に燃えて
それまでことなかれ主義だったくせに「俺の母親だ!文句は言わせん!」って。
おまけに「俺のオフクロを苛めたりしたら承知せんぞ!」とか言い出した。
後で聞けば、母はこの時点で離婚を考え始めていたそうだ。
で、とりあえず上記のように祖母がやってきた。


624: 名無しさん@おーぷん 2016/12/30(金)09:27:14 ID:JS7
私の反抗期は15下の弟の誕生で収まった
母も私も気が強くて、いちいち反発しては言い合いになってたけど、
生まれた直後のある日、声をかけたら暗い瞳で見られた
その時だけは神がかりのように母の言いたいことが分かった

責められる、と思ったんだと思う

その日、朝食の用意ができなかった
妊娠した時点で、弱り始めた母に私はもう何も言わなくなってて、
声をかけた理由は別だったんだけど母はそうは取らなかったみたい
妊娠前に起きてたことがもう一度起こると懸念したんだろう

私が責めて、また言い合いになる
そういう想像を今の体調に重ねて絶望した目

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