教師

347: 名無しさん@おーぷん 2015/11/08(日)03:50:20 ID:GuS
内容が内容なんで話半分で聞いてくれれば。

小学校から続いてたかなりハードな虐めを苦に中学で一人が自殺した。
マスコミにも情報を漏らさず、事態は学校の中で封殺された。

と言うのも、当時新任の校長先生が冗談抜きで修羅と化したから。
自殺した翌日に朝から全校集会、遺書の読み上げと黙祷、そして遺書に書いてあった虐めの犯人を公表。
学校自体サボってた主犯が親同伴で連れ込まれる。この時点で二時間経過。
犯人全員壇上に正座させられて徹底的な糾弾。遺書の内容を否定したらビンタというかパンチが飛んでた。

555: ビデ 2018/04/08(日) 17:40:57.56 ID:CvoGmx2r
流れを読まずに俺の中学生時代に体験した修羅場。
当時はインターネットどころかパソコン通信も普及しておらず
加害者の名前でググっても出てこないから30年近く前、
滋賀県草津市に有る当時、1学年辺り15組近く有った
中学校での出来事だと晒しておく。

全国的に校内暴力が問題になっていた時期、この中学校は
俺が入学する前から校舎のガラスが百枚以上割られるなど
散々荒れていた事で知られていた。その中でも最たるのが
今で言うところのDQNグループ。俺は転校が多かった事から
目を付けられ様々な嫌がらせをされたが、幸いだったのは
標的は俺だけでは無かったので被害はある程度分散していた。

それでも被害は続いたので再三、再四に渡って
担任、学年主任の教師に被害を訴え続けるものの放置。
それどころか「神の試練だから甘んじて受けろ」などと
訳の判らん言い訳で事態の解決をのらりくらりと避け続けられた。
病院に通った回数は2桁に達して俺の精神はかなり参っていた。
(余談だが、この事が切っ掛けで俺は無神論者になった)

494: 名無しさん@おーぷん 2017/08/16(水)08:03:53 ID:HNO
小学4年生の時、クラスに特殊学級に行くべき他害児童がいた。
今で言うと自閉症か何かだったのかな。ほとんどしゃべらなくて、唸り声のみ。すぐ癇癪を起こして噛みついてきた。
その噛みつきが容赦なくて、皮膚が破れて血が出てもさらに噛んでくる。
私は学級委員だったからその子のお世話係だった。
でも4年生ともなると男女の体力差が出てくるし、暴れ始めたら抑えるのなんて不可能だった。
要するに私が生贄になって噛まれたり叩かれたりし、その間に先生が授業を進めていた。
その子がなぜ普通学級にいたのかは知らない。
たぶん校長の方針か何かだったんだろうと思う。
その校長が赴任してくるまでは特殊学級が校内に存在していたのに、急に廃止同然になったから。

278: 名無しさん@おーぷん 2017/10/21(土)10:14:44 ID:QAP
ごめん、めっちゃ長いけど聞いてほしい。

サイコパスに小学生の時に出会ったこと。
サイコパスって言葉、当時小4の時の俺らは知らず、親がキ◯ガイって言ってたけど。
そのサイコパスは、小4の時の担任の先生。
見た目は大人しくて、細身でいつも目が微笑んでる女性の先生だったんだけど。不意に変なスイッチが入る人だった。
箇条書きだけど
・運動会で負けた時、敗因を1人ずつ紙に書かせて1人ずつ「みんな、僕が~したせいで、負けました。ごめんなさい」と謝らせる。
・給食で食べられない子が居ると「貧しい子に謝りなさい」と猫なで声で永遠にその子に言い続ける。
…みたいな感じ。でも決してヒステリックには怒らない人で、だからそれが逆に怖いと思う時があった。

みんな、先生が怖いんだけど、何故か怖いって親にも他の先生にも言えなくて、他のクラスの先生からは、「サイコパス先生のクラスって本当に落ち着きがあって素敵ですよね」って言われたり
親からは「先生が担任になってからうちの子、勉強やお手伝い、すごくしてくれるんです!!」と褒められていた。
だから、先生のことを少しでも悪く家で愚痴ると、親から「先生の言うことは正しいでしょ!」と注意された。

326: 名無しさん@おーぷん 2014/06/24(火)12:00:10 ID:0C0TnntRI
俺の嫁は末期癌でタヒんだ。嫁がタヒんでから俺はショックと悲しみでダメになりそうだったが、
当時12歳(6年生)の娘がいたから、なんとか頑張らなければならんと思って精一杯頑張った。
娘は嫁がタヒんでから少々不安定で、心を落ち着かせるためか、嫁の結婚指輪を大事に大事に握っていることがあった。
嫁の指輪は娘には大きく、指に嵌めても無くしてしまいそうだったので、俺はチェーンを買ってやり、
指輪をチェーンに通して首にかけれるようにしてやった。娘は大喜び。俺もなんだか嬉しかった。
娘は学校以外では肌身離さず指輪ネックレスを身につけていた。首にかかる指輪を光らせながら仏壇に手を合わせる姿が心に響いた。

娘が中学2年生のとき、いつもは学校に指輪を持っていかない娘がうっかり首にかけたまま登校してしまった。
娘自身も体育で着替えをするまで気がつかなかったようで、その着替えのときにクラスの女子に指摘されたらしい。
その女子はやたらと「娘ちゃん、校則違反だよ」と言ってきたようで先生に報告。
先生は指輪を没収した。娘は泣きながら母の形見だと説明したようだが、校則は校則だと取り合ってもらえず。
これはうっかり学校に持っていった娘が悪いので、俺と一緒に仕事後に謝りに言った。

970: 名無しさん@おーぷん 2016/03/02(水)17:19:03 ID:O0X
まとめを読んでいたら、卒業式シーズンなので、卒業にまつわる話が載っていて思い出した。
他にもいるんだなぁと思って読んでいたわけだけど、うちの娘も卒業式で、
ハンデのある子たちのお世話係をさせられる事になった。
しかも数人いるのに、それ全部。
理由は、数人中の数人が幼稚園から一緒で、うちの娘は取り扱いが上手かったから。
それ以前も、運動会や遠足、キャンプ、就学旅行、と、必ず一人二人は一緒のグループ
でもグループには他の子もいたし、娘がそれほど負担に思っていなかったから黙っていた。
娘ともう一人いつも一緒に付き添い役をする男の子がいたんだけど
その男子の親御さんからお断りされて、うちの娘一人にそれをさせる事にしたらしい。
私はそんな事全然知らなくて、お隣の家の子のママ(そこの家の子がヤンチャでヤンチャの扱いを覚えた)
から、なんか娘ちゃん大変な事になってるらしいよ、と教えられた。
帰宅した娘に聞いたら、「もう、すごいイヤ。○○くん(幼稚園から一緒の子の一人)
一人なら全然平気だけど、何人も無理」と泣きそう。
仲のいい女の子たちと先生に訴えたけど聞いてもらえなくて、
それぞれ親に相談する事にしようと話し合って帰ってきたところだった。
先生はお世話を娘に丸投げで、娘がまさに引率している状態で
娘の出席番号は一ケタなのに、その子たちの世話をするために最後尾にいるという。
もうビックリして、すぐ学校に電話した。

26: 名無しさん@おーぷん 2015/06/04(木)20:08:32 ID:UxF
ここに書こうと思ったのは「イジメママに目をつけられたのは、担任イジメを私が邪魔したから。 」
を冒頭に始まる纏めを見たから。

私の母が反撃をしたのはママ友ではなく、私の担任だった。

家も近所でよく遊んでいた男の子が席も近くなり、普段から中学年特有のちょっと乱暴でちょっと親しげな感じで遊んでいた。
ある日、その男の子が私の机から道具箱を取り出して、やーい!やーい!とやりだした。
私も遊びなのは分かっていたので、返してよー!返してよー!と追いかけていた。
周りのほんの数人の男女も、返しなよー!とやーい!の半々でちょっとした追いかけっこを楽しんでいた感じ。
5分の休み時間が終わる頃にはお道具箱は私に返される事を分かっていて
皆がワイワイ騒いでいた。
すると担任が「御道具箱ぐらい貸してあげなさい!返してと追いかけるのは何事なの?意地が悪い!意地汚い!」
と私を罵り始めた。
男の子も私も、それを見ていたほんの数人の同級生も遊びのつもりでいたのに
怒られて絶句、仰天。
男の子はごめんね、と謝ってくれるし、私は遊びのつもりだったから怒ってないよ
こっちこそごめんね、としか言えなかった。

468: 名無しさん@おーぷん 2015/11/07(土)13:16:40 ID:rly
授業中に教師がキレた時が修羅場

高校生の頃、英語の授業中にある生徒がうつらうつらして眠そうだった。
担当の英語教師は学年主任もしており怒ると怖いことで元々有名だったが、居眠りの生徒に気づいた瞬間ブチ切れ。
「お前は@#★¥」と叫びながらまず持っていたチョークを地面に叩きつけ(破片が1番前の席の生徒に当たる)、居眠り生徒の席を蹴り飛ばし、
教卓に戻っても怒りが収まらないのか怒鳴りながら天板を両手で何度も叩き最終的に教卓の横に蹴りを入れてやっと鎮火。教卓はぼっこり凹んだ。
なお教卓に接していた生徒の机も勢いで一緒にずれ辞書が落下したが恐怖で固まってしまい拾うことすらできなかった。
そのタイミングで校内を見回っていた校長が「どうしたの~?」とのんびりした調子で教室に入ってきて英語教師は無言で退室した。
生徒たちから事情を聞いた校長は「ちょうどワールドカップの時期だからねー。そりゃ寝不足の人もいるよねー。僕も眠いよー」とニコニコして「先生には僕が話しておくから。」と言って退室。

159: 名無しさん@おーぷん 2014/05/20(火)00:18:37 ID:tJ8UIP81x
吐きだし。長いです。

小学生のころ、3~4年生の間はほぼ毎日修羅場だった。
担任は40歳くらいだったろうか。ヒステリーBBA。依怙贔屓もひどい。以下BBAと記す。
BBAのお気に入りはとことん優遇され、気に食わない奴はみんなの前で最下層の生物扱い。

ヒステリックに騒いだり、怒りポイントがわからないのでビクビク暮らしていた。
子供にとっては恐怖でしかなく、文字通りの恐慌政治が行われていたんだ。
そのなかでも覚えているのが、黒板の得点表。

・黒板の半分に線を引き、班ごとの得点表を毎日書いていた。表を作って貼るんじゃなくて、黒板の半分に毎日書く。
誰それが発言した、+10点。A山(気に入らない)はヘラヘラしてる、-15点。B川は調子悪そうだけど(根拠なし)よく学校きた、+5点。
ちなみに得点の基準は、BBAの気分。

・残りの半分で授業での板書。書くスペースが狭いから、すぐに前のが消されてしまう。追い付けない子は最初はゆっくり書いてくれと懇願。
しかし「気に入らない」との理由でマイナス点をつけられ、重なれば「グズ」と認定され下層組へ。

・4年に進級したころ、BBAは腱鞘炎になった。ただでさえ雑な板書がもっと雑に。
しかし得点表はまめにつける。下層組がなにかやらかしてマイナス点をつけるとき「こんなに手が痛いのに書かせやがって!」と喚く。

・毎日の気分でつけられる得点が積み重なると、小さい表彰状がもらえる。それを10枚集めると大きい賞状。
さらに集めるともっと大きい賞状。しかし下層組は最初の賞状をもらう段階でケチをつけられるので、全然集まらない。
お気に入りの子に大きい賞状を授与すると同時に、下層組の人間性を否定する演説が行われる。

・4年になると、それまで半分だった得点表は3分の2近くにまでなる。ますます板書(略

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