両親

62: 名無しさん@おーぷん 2015/07/28(火)17:27:28 ID:EGv
夫が絶縁した私の親に私の情報を売ってた
道理で引っ越してもアドレス変えても手紙やメールが届くはずだよ
売ったというか情報リークしてただけだけど
そのせいで不眠や吐き気が止まらなかった
夫はずっとそばについてて慰めてくれたけど
同じく絶縁してたはずの姉がポロっとメールで漏らして分かった
謝ってくれたけど夫が毒親と同じ人種じゃないかと思えて仕方がない
いま別居(夫が前の家に戻ってる)してるけど細切れでこんなメール↓が来る

821: 名無しの心子知らず 2016/08/22(月)21:59:58 ID:V9G
豚切りすまん、吐きだし。

小2の時に母(以下糞)がパート先のアルバイトの男と駆け落ちした。
父の出張中、俺の登校中に荷物まとめて出て行ったんだが、そうと知らずに
糞が帰って来ないのを心配して、スーパーまでの暗い道のりを3往復して探したが見つからず
泣きながら夜道を歩いていて警察に保護された。

そして中3の時に学校帰りに待ち伏せされて、
父とよりを戻したいので一緒に頭を下げてほしいと
真昼間から寝言を言ってきた。
その時は糞に「寝言は寝て言え」とだけ返事して走って逃げた。
誰彼構わず他の生徒に「俺くんってどの子?」と聞いて回るぐらい
最初俺のことが分からなかったくせに。
おかげで学校で尾ひれのついた噂話が広まり、受験に集中できず第一志望を変えざるをえなかった。

253: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)23:43:28 ID:PW3
父が脳出血で急逝した。
母のことが大好きな父だった。仕事の虫だったが、年に一度必ず家族旅行に連れていってくれた。
私たち兄妹の進路について真剣に相談に乗ってくれる、真面目な人だった。
後1年で退職することとなり、倒れる1ヶ月前の正月に家族で集まったとき、
「退職金は、母さんと二人きりの世界一周旅行に使うからな、お前らは期待するなよw」
と言いつつ、すでに一人立ちしている私たちにお年玉をくれるような人だった。
父の葬儀が終わるまでは気丈に振る舞っていた母だったが、49日法要が終わり納骨が済んだとたんに心労で倒れ、
しばらく兄夫婦の家で面倒を見てもらうことになった。
私は、父の遺産や遺品の整理を任されたため、休みの度に実家に帰り、家の整理を行っていた。
面倒なお金の処理が終わり、父の書斎を片付けていたときだった。
本棚の奥に、何か隠されていることに気がついた。

270: 名無しさん@おーぷん 2016/11/05(土)21:11:09 ID:Z3p
私の父は家事育児は母親がやるもの!父親は金を稼いでさえいれば育児に参加したことになると思っている奴だった。
母はそんな父の意見に飲み込まれている超絶エネミーで、双子である私と兄の育児に追われ、
父と全く同じ考えである義父母(私の祖父母)に自宅凸されいびられ、身体を壊したりもした。
私と兄が8歳のとき、父が突然私と兄をどこかに養子に出すと言い出した。理由は私と兄が父に懐かないから。
育児に手を出さず、祖父母をけしかけていびりに参加してた父に懐くはずはないw
関わってこない分、叱られるとか厳しく当たられるとかなかったから、兄の方は父をなめきってたよ。

630: 名無しの心子知らず 2017/11/16(木)12:54:24 ID:aKY
実家に帰省した時にリビングへ行ったら還暦目前の父のスマホがテーブルに放置されてた
LINEのトークルームが開きっぱなしでちらっと覗いたら若い女性らしきアカウントとラブラブ会話が表示されていた
しかも内容が内容で「まぁちゃん(仮名・相手の愛称)にはやく会いたいよう?」「週末のホテルがまぁも楽しみ?金曜が早く終わりますよーに><」みたいな頭ゆるゆるいちゃいちゃ
銀行員でお堅いおじさんの見本みたいな父とは思えない有様で父が不倫!?若い女にうつつを抜かした!?ってパニックになった
とにかく母に見られないようスマホを隠して別室にいた父本人に問い質しにいった

239: 名無しの心子知らず 2016/07/14(木)11:54:39 ID:lnL
母が離婚を決意する瞬間を真横で目撃した事。

母は娘の私から見てもエネMEな人だった。
職業は看護師。父は会社員。
今思えば母の方が年収は上だったけど、父が家庭内のお殿様だった。
父は私達子供のことは可愛がっていたけど、自分>子供な人だった。
母は父方親族にいいように使われていた。
まず祖母の介護のため夜勤なしの病院に転職し(給料がすごく下がったらしい)
昼は働き、夜は介護。
祖母のタヒ後、ほっとのしたのもつかのま、離婚した叔父(父の弟)が癌に。
女手のある家で看病してもらいたいと我が家に転がり込んできて
これも介護。
その後、父の伯母にまで介護要請され、なんと通いで介護に。
週2で電車で通ってた。

私達は「父の伯母まで看ることないよ、断りなよ」と進言したし
叔父が転がり込んできた時も止めた。
及ばずながら叔父の介護も手伝った。
叔父は恩を仇で返すように、回復後うちからお金を借りて行って踏み倒した。

781: 名無しの心子知らず 2016/05/30(月)18:50:17 ID:zGD
母と間男の関係を崩壊させた話

登場人物(年齢は当時)

俺:11歳
妹:7歳
親父:31歳
母さん:29歳
S(母さんの浮気相手):3?歳(親父よりは上のはず)
Sの息子:12歳
Sの娘:10歳
Sの奥さん:??歳
父の祖父:57歳
父の祖母:57歳
M(俺の友人):11歳

俺が生まれた時、親父は20歳、母さんは18歳だった。
学生結婚、つまり『デキ婚』である。
親父は、『自分のした事には責任を取る』と言って、大学を中退しようとして仕事先まで決めていたが、祖父が『大学は卒業しろ』と大反対して、親父は大学を卒業して証券会社に入社した。
祖父は、自分の父が病気になった都合で高校を1年で中退して家業を継いだ過去を持っているので、当時の自分と照らし合わせたのだと思う。
母さんは、高校を中退して、しばらく俺を育てて、通信制の高校で高卒を取り直し、准看護婦の資格まで取った。

時は流れ、親父が名古屋から浜松に転勤になった時に妹が生まれる。
その後、親父が証券会社を退社し浜松から地元に戻る事になった。
その頃までは、どこにでもある普通の家庭だと俺は思っていた。

113: 名無しの心子知らず 2015/05/22(金)11:47:26 ID:lKC
毒親から逃げるまでが修羅場だった。
でも毒親だなんてずーっと思ってなかった。むしろウチの親はよそよりいい親だと思ってた。
苦労して俺を育ててくれてるんだ、頑張ってくれてんだと思ってた。なんでかというと親が毎日
夕飯食いながら「おまえのためにこんなつらい仕事をやってんだ」「おまえを学校に行かすためだ」
「おまえが今食ってるメシを稼ぐために、こーんないやなつらい仕事をやってんだ」
って言い聞かされてきたから、何の疑いもなくそれを信じてた。
ウチは実際貧乏で欲しいものとか買ってもらえなかったけど、貧乏なのに頑張って俺を育ててくれてんだーと思ってた。
お年玉貯金とかしょっちゅう「貸してくれ」って言われて出してたけど一度も返済されたことがない。
でも「おまえを食べさせるため」って言われて、だよなー俺も協力しなくちゃって思ってた。
高校を出て、大学なんて行けないから当然就職。親は体がキツイと行って仕事をやめた。
稼ぎ主はおれになった。ていうか俺しか働いてなかった。
就職して、同じく親の体が弱い母子家庭の女と知り合った。ぽつぽつ話すようになり、メシ食ったりして付き合うようになった。
親に紹介したら、親も気に入ったのでトントン結婚話が進んだ。
親が結婚するにはもっと貯金がないとと言うから転職、県外に出稼ぎに出た。
風呂なしアパートに住んで家に仕送りし、貯金した。彼女は母親を置いていけないので地元に残った。俺が帰省する時のみデートした。金がないので俺の実家でデートするのが増えた。
正月に帰省し彼女と実家へ行った。親は俺たちを中に入れる前にスコップを渡し「雪かきして」と行った。俺と彼女は雪かきした。
親がいいと言うまでして、中に入った。
メシを食いながら泣かれた。「仕送りが足りない。ひもじい。こんなみじめな思いをするためにおまえを苦労して育ててきたんじゃない」とシクシク親は泣いた。

456: 名無しの心子知らず 2015/06/21(日)22:07:54 ID:0IE
離婚した両親が水面下で継続してて、
離婚の原因である父のDVは、両者納得積みのプレイだったって知った瞬間
二人は私の独立後に再婚した

生まれてからずっと父が手をあげる姿をみていたけど
母が私のことがあるからと言って離婚したがらなかったから、幼少時は何もできなかった
家は代々開業医で裕福
またなぜか父の暴力の対象は母に限定され私は普通に可愛がられていた
母が虐げられる中での父の厚遇は剃刀の刃を飲むように痛いものだったけど
幸福だと思わなきゃ単なる母の枷のようでそれこそどうしようもない
でもそれも16の時、酒の瓶を持った父から母を庇って流血沙汰になり
母は渋ったが私の度重なる説得と、
父の子供にまで傷を負わせてしまった負い目でようやく離婚になった

もう私はバイトもできる年だから、なんとでもしてやる
母を幸せにしよう、離婚してよかったと思ってもらおうと躍起になった

だけど就職して一年後、予定外にアパートに戻るといないはずの父がいた
とっさに警察に通報しようとした私を止めたのは、
床に転がっていた被害者だと信じていた母の、
これまでどれだけ殴られても出さなかった金切り声だった

加害者をかばうこと自体信じられないのに、さらに母は信じられないようなことを口走り始めた

「私はお父さんを愛してるし、お父さんも私を愛してくれている。
まだ恋人もいないあなたにはわからないんでしょうけど、いろんな夫婦の愛の形があるのよ」

355: 名無しの心子知らず 2015/06/23(火)12:52:00 ID:rDA
就学前の幼児だった頃、自分には母の宝石や指輪を庭に埋めるっていう厄介な癖があった
原因もわからず減っていく貴重品に母が不信感を持ち、保管場所を移動させた後
代わりのように、結婚記念日のサプライズ用に父が買って隠してあった指輪を発見
とりあえずそれも埋めた

結果、記念日には花束とケーキしか送ることのできなかった父は大変しょんぼりして
母にも言えず家の中をひとり、失くした指輪を探すようになった
反省した自分は父の指輪を戻そうとしたが、家に入った瞬間母に見つかり「それどうしたの?」
怒られると思った自分は、思わず「女の人が返すって渡してくれたの」
架空の犯人に罪をかぶせてしまった

間の悪いことに指輪には「いつもありがとう愛してる」というメッセージカード
母は般若のような顔になった
そのあとのことはよく知らないが、以後何かを庭に埋めた記憶はない

二十年経ち、帰省した際「昔お父さんに浮気疑惑が持ち上がって離婚しかけたのよ」
とあの時のことを母に持ち出され、今まで都合よく忘れ去っていた記憶が蘇った
庭に埋めてあった宝石達を掘り返して、実は…と罪のすべてをゲロり、
温泉旅行をプレゼントすることで手を打ってもらった
ほんとごめんなさい

母の叱責は短いものだったけど、父にはあの後どれだけ大変だったか延々と語られた

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