悲しい話

515: 名無しさん@おーぷん 2015/05/08(金)13:11:10 ID:IUG
黒歴史というか、現在も黒い気持ちが凄いんだが
私が口が軽くて馬鹿すぎたという話
すごく長いです

私の家は弟が小さい頃に離婚した母子家庭で、私が高校卒業する前に母親が体を壊して働けなくなった
日常生活は問題無いけど、長時間働くのは無理だって
急に体がおかしくなったわけじゃなく、以前から休みがちだったけども、知らないところで
食費や学費も借金してまかなっていたらしくて
(会ったことが無い祖父母は毒親で、働いている親が健在だからと生活保護は降りなかったらしい)
このままじゃ弟の高校進学費用も無くなるということで、もうどうしようもないから
当時付き合っていた彼氏と別れて携帯で出会い系を繰り返してなんとかしてた
私が働いて、母が家事をやるっていう分業になったのね
母親も相談なしに勝手に借金するようなアホだから、普通のバイトをしている事になっていたけど
私が良くない事をしているのは薄々というか多分確実に気がついていたはず
でも知らないフリをしていたと思う

大学なんか行けるわけないからお決まりコースのようだけども、高校卒業後はキャバクラで
働きながら同時に出会い系も続けていて最初の頃は精神がおかしくなりそうだった
とは言っても人間って慣れるもので、自分は底辺でこのままなんだなーと思って実家で暮らしていた
お店での収入がある程度増えてからは出会い系はやめたけど借金もあるから心に余裕があったわけでもない
店で働きながら心の平穏を作るために彼氏を作ったり別れたりしながらなんとなく生きてた

899: 名無しさん@おーぷん 2015/08/28(金)20:25:48 ID:log

数年前に夫がタヒんだ。事故だった。
はっきり年数を書くと
ひょっとすると身バレするかもしれないんで伏せるけど
年単位で前の事なのは本当。
昨日今日の話ではない。

当時だって普通に(人並みにって意味で)悲しかったし
まだ子供も居なかったけど呆然とした。
なんというか「今後の人生が今まで思ってたものと全然違ってきちゃうんだ」
みたいな事を考えて呆然とした。
「もう後はどっちかがタヒぬまでずっとこの人と一緒!」みたいに思ってたのが
こんなに急にその日が来るとは信じられなかった。
でも取り乱して泣き喚くまではいかなかった。

事故は夫の身内(姉妹兄弟の誰か。これ以上は伏せます)も一緒にだったので
義理の両親の嘆きようはとてもとても深かった。
一度に我が子が二人もだから無理もなかった。
特に義母はお気の毒で見ていられないくらいだった。
老いつつある親より子が先に逝くという事は、
こんなに辛く悲しい事なんだと。
そしてそれを目にしていたら
「そうか、私はたった数年一緒だっただけなんだよなあ…」
みたいな気持ちがわいてしまい
義母以上に泣くのも何か申し訳ないとか思ってしまった。

それからまた私は一人暮らしに戻り、数年たって
学生時代に仲の良かった子からたまたま連絡が来た。
彼女は私が結婚した事は知っていたが夫とタヒ別した事は知らなかった。
用件は他愛のない事で(学生時代の恩師の今の連絡先分かる、とかそんな程度)
それ自体はさっさと終わってしまったんだけど
二人とも名残惜しい感じで色々とお喋りした。
彼女は既婚で子供はまだ。今は旦那さんは長期出張中。
なぜかつい私も「ウチも旦那、今は居ないんだー」と言ってしまった。
その時点では嘘をついたとまでは感じてなかった。
彼女はそれを「出張中」という意味で受け取って(そりゃそうだ)
「出張中の旦那持ち妻」のネタで軽く愚痴ってきた。
「あるある!」と私も乗って喋った。
喋ってる内に本当に夫は単に出張中のような気分になってきて
その電話の最中は凄く楽しかった。

648: 名無しの心子知らず 2015/10/15(木)00:14:31 ID:csb
下話含みます


学生の頃、ゼミの先輩にキモメンな上に太ってて寡黙で周りから遠巻きにされてる人がいた
片山のゆうちゃんに似てたので片山さんとする

ゼミの合宿の係が一緒になったので話すようになったんだけど、
話してみると意外とユーモアがあって聡い人だった
思いやりがあって気が利く優しい人だと思った

私は歴史小説と70年代~80年代洋ロックが大好きなんだけど、
たまたま片山さんもドンピシャで同じ趣味で、
本やCDの貸し借りをしたりして仲良くなった

洋バンドの来日コンサートにも一緒に行ったし、お互いに美味しいもの食べるのが好きだったからグルメ巡りもしたし、
仏教展に行って薬師如来について語り合ったりもした

一緒にお酒を飲みに行った帰り、片山さんに好きですと言われた
私もですと答え、付き合うようになった


私はどちらかというと活発で社交的なタイプだったので、
片山さんと付き合い始めたことが周りに伝わると初めは驚愕された

でも私と付き合い始めてから片山さんは他の人に対しても素の面を見せるようになり、
そうすると段々と周りの人も片山さんに好意的になっていって、
いつしか幸せそうな良いカップルと言われるようになった

片山さんと一緒にいると落ち着いたし心が温かくなって幸せだなぁと思えた


片山さんは普段は寡黙に見えるけれども成績も良かったし
面接や発表といったいざというときにはそれはもう別人のように雄弁に話すので、
第一希望の就職先にあっという間に決まった

その辺りで私を両親に紹介したいと言われ、私が大学を卒業して落ち着いたら結婚してほしいと言われた
私はその場の流れで、はい、と答えてしまった

67: 名無しさん@おーぷん 2015/06/08(月)01:26:47 ID:FOb
今も続いてる修羅場。厳密には今は修羅場ではいかもしれないけど。


うちはいじめられる家系らしくて 
家族全員イジメられた経験があるといういじめられっ子のエリート血筋。
おそらく原因は容姿だろうなぁと思う。
顔デカ、スタイル悪い、目ちっさいし一重だし鼻はでかい。
普通一個でも人が持ってたらコンプになる要素が勢揃い。
おまけにオイリー肌。

だからファッションとか人一倍気を使ってなんとか無難にまとめなきゃいけないのに
なぜだかファッションに気を使うのは馬鹿のすることだと思ってる両親達
私は自分なりに色々やってきたけど
両親はそれを見て色気づいてると笑っている。
でも私がいくらがんばっても
家族で出かけると無駄だ。  
みんなくっそださい上に  
髪型がノータッチすぎて不細工が際立ってる。

で、ここからが修羅場なんだけど就職した職場でいじめが始まった。
同期にかわいい子が多くて
その子達が話しかけたら返事はするけど私には無視したり、なぜか笑われたり。
女子達もプッ…wwって感じで
たまに変な虫を棒で突くみたいな感じで話しかけてきては仲間内で爆笑していた。
上に相談したけど笑われてしまった。
だってしょうがないよ、生まれつきだしーと。
それって生まれつきだから 
馬鹿にされてもしかたないってことか?と泣きたくなった。

868: 名無しさん@おーぷん 2015/10/10(土)09:57:16 ID:VNH
20数年前の話だけど…。
私が小学2年生の頃に父に癌が見つかってね。
年齢的に進行が早くて気付いた時にはもういろんなとこに転移しちゃっててどうしようもなくなってたみたい。
だから両親が話し合って私達姉妹に本当の事を全て伝えて、その上で「その日が来るまでにたくさん思い出を作ろうね。」って決めたんだ。
旅行やキャンプなんかして思い出作りをしてたんだけどまぁ順調に癌は進行していってさ。とうとう倒れちゃって病院に緊急入院。
ありがたい事に両親は子供の私達に包み隠さず父の病状や今後なにが起こるかを伝えてくれてたから子供ながらに父のタヒに対して覚悟はしてた。
そんな私達の姿を不憫に思ったのかな?
看護師見習い?看護実習生?みたいな若そうな人が「大丈夫!お父さんはきっと良くなるからね!元気になるからね!」って言葉をかけてくれたんだ。
いくら覚悟してたって言ってもやっぱり父にはまだまだ生きててほしいし元気になってほしかった私達はその言葉をそのまま信じちゃってさ。
さすがに今なら「励ます為にそう言ってくれたんだな。」ってわかるけどねw
パパはタヒなない!パパは病気を治して退院する!って私達は言い張って父の病室にあまり行かなくなってしまった。

454: 名無しさん@おーぷん 2017/03/14(火)09:34:13 ID:PHL

流れを切ってごめん。
暗い話を投下するので不快に感じる方がいたら先に謝ります。
どうしても短くまとめられなくて長くなりました。

以前住んでいたアパートで出会った兄弟の話。
震災と死人が出てくる話なので注意。

地方から高校卒業と同時に関西に出てボロいアパートで暮らしていた時のこと。就職して一年足らずで会社が倒産して、そのころの私は再就職口を探しつつなけなしの貯金を切り詰めて生活していた。

隣に住んでいた母子が今でいうDQN風で警戒していたんだけど、ある日そのDQN風一家の長男がピンポンを押してきた。(男の子三人の兄弟だから、以下長男、次男、三男と書く。)

正直、怖いと思った。一応騒音とかには気を遣っていたし、苦情を受けるようなことはしていないはずだけどと思いつつチェーンをかけたままちょっとだけ開けて要件を聞いた。
そしたら「子供用の弁当の作り方を教えてほしい」だったんだ。
どういうことか聞いたら、明日弟が遠足で弁当がいるけど作り方を見てもわからないから教えて欲しいって感じのことを言われた。
恰好は金髪プリン(生え際黒)の耳にたくさんピアスのついたチャラい系だったけど、手に何かテキストっぽいものを持ってて、口調はちょっと擦れた感はあったけど敬語だったことから玄関を開けた。

今思うと怖い、関わらないようにしようって思っていた相手が家に来てチェーンを外したことが不思議なんだけど就職活動で行き詰っていたし、気分転換に変わったことがしたかったのかもしれない。
就職するまで地元から出たことがなかったから友人も地元勢ばかりだったし、
社会人になってからできた会社の友人たちは私同様再就職口を探すのに必死でたまに電話して愚痴を言い合うくらいだったから。

長男が持っていたテキストは園児くらいの子供がいるお母さんが読むようなレシピ本で、買ってきたものの作り方を読んでも用語が理解できないとのことだった。○○切りとか、卵白を切るとか。
三男にオムライスをリクエストされたらしく、作ったことないしぶっつづけ本番より練習しようと思ってありあわせで作ったら失敗して、レシピ本を買ったら意味不明でお隣ピンポンの流れだったらしい。

玄関先で一応自炊はしているけど私もそれほど料理が得意なわけじゃないからわからないこともあると思うと最初に断って、
レシピ本に載っていた用語を解説していたんだけどその時に長男が「タッパーじゃかわいそうッスかね?」って聞いてきた流れで遠足グッズ一式がないことが判明し急遽買い出しに行った。
最初は警戒しいしいだった私も話しているうちに「見た目ほど悪い感じの子じゃないな」と思ってつい親身になった。
近くのスーパーまで行って、あれこれ買い込んでいる時に家庭の事情をぽつぽつ話してくれたんだけど、それが以下の通り。



541: 名無しさん@おーぷん 2015/12/27(日)11:55:17 ID:jDu
この時期になると思い出す、修羅場というか何というかなんだけど。

昔、10年も前かな、スーパーの事務職で働いてた。年末年始は高額商品が増えるので万引きチェック体制が厳しくなる。
必然的に、普段なら見つからない万引きも見つかったりする(逆に人が多いので成功する場合もあるらしい)

30日か31日だったか、万引きGメンのおっちゃんから内線連絡があり、万引きを一人確保したから
事務所まで連れていくとのこと。
その日はクソ高い刺身や肉や寿司を万引きしてたオバさんが確保されてたもんだから、
皆「あーまたオバはんかー」と思い込んでた。
でも、Gメンが連れてきたのは、おじいちゃん。
その時点で私含めた事務所の女性陣はちょっと同情的だった。

277: 名無しさん@おーぷん 2017/06/26(月)09:42:26 ID:ZFd
20年生きててはじめて自分が托卵の子だと知った。
まだ気持ちの整理がついていないので吐き出したくて書き込みします。
支離滅裂な点があったら見逃してください。

私、大学2年。
実家を出て女子寮に入ってる。
5月のはじめに父から電話が掛かってきて、「金輪際俺はお前に一円も出さない。大学に通いたければ風俗にでも行け」と突然言われた。
突然過ぎて唖然とした私に父は一方的に喋って切った。
父は感情的になると早口になる人で、言っていることの半分も聞き取れずかけなおしたけど出なかった。
実家の電話にかけたら兄が出て、「今立て込んでいるから話せない。後日連絡するから待て」と言われて電話を切られた。母にかけても出なかった。
数日経って、兄から明日会いに行くから時間を作るように言われた。
女子寮だから男性は兄でも入れなくて、大学の近くにあるファミレスで会って話をした。
兄の口から母の浮気と私が托卵の子だってことを聞かされた。
何の冗談かと思った。
私の顔は父方だし、自分が父の子ではないと考えたことなんかなかったからわざわざそんな冗談を言いに上京して来たのかと笑いたかったけど笑えなかった。
兄の目がゴキブリでも見ているような目だったんだ。

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