図々しい

529: 名無しの心子知らず 2015/09/05(土) 10:15:49.71 ID:8WySzZbW
自分の叔母(私の母の姉)が正統派ケチママだった
自分の娘が入会した、某虎の子教材のお古を母子家庭で余裕のない母に、頼んでもいないのに『定価で』売りつけるし、祝い事で祖母宅に集まる時は絶対にタッパー持参。
「○○(私)ちゃん、食べ過ぎないでね!貴女の分はこれだけよ!」
と、持ち帰り分を増やす為に、こちらの口に入る分を減らす徹底振り。
お年玉以外の金品を叔母から貰った事は1度もないのに、叔母の娘達の祝い事や、入学、成人式の度には金品をしっかり要求してくる徹底振り。

中でも屈辱的で未だ忘れられないのが、私の8歳の誕生日の時。
正月に生まれた私の為に母は毎年、3日から開店してる店に年末からホールケーキを注文してくれてたのだが、その年はなんらかの事情で注文が出来なかった。他の店を探したり自分で作ろうとしたりは、色々忙しくて出来なかったらしい。
途方に暮れた母に叔母が近寄った。
「私が注文してあげる!」
と。
当日、叔母が持って来たケーキはそれはそれは酷い有様だった。
まず、注文品ではなく手作り。手作りでもそれなりに凝ってくれてたら良かったが、作り手は叔母娘達だった為ぐっちゃぐちゃ。
生のフルーツなんざは一切使わず、スポンジケーキの間にはイチゴジャム。生クリームは袋に入った市販。飾りはアポ〇チョコとビス〇とポッ○ー。
母は静かに激怒した。叔母に「ケーキの注文代として」幾らか多めに支払っていたからだ。
等の私はというと、当時、知恵遅れを疑われてたレベルで馬鹿だったので、無邪気に喜んでたらしい。
味も作り手である叔母娘達が「不味いからいらん」と言ってる位だったのに、美味そうに食ってたらしい。味覚オンチもあったのか…
帰りの車の中で母が泣いて謝ってきた事で、ようやく事の重大さに気づいた馬鹿な私。
ちなみに、確実に使ってないであろう、私の誕生日ケーキ代は、その年の叔母宅のおせち料理に化けたらしい。
「初めて丸々一匹の蟹が出た!」
と、叔母娘達は無邪気に喜び、「蟹食べたいなー」と輪をかけて馬鹿な私は羨ましがっていた。

「成人のお祝いはまだ?」
と、叔母娘から催促のLINEが来たので思い出しカキコ

508: 名無しの心子知らず 2015/08/30(日) 09:40:28.58 ID:LDWGagjK
うんざりしているので愚痴吐きさせてください。
同じ園の年長のA君ママに顔をあわせる度お下がりを要求されています。
少人数縦割り園でA君の方が息子(年中)の一個上なのですが、A君が小さめで息子が人より大きめなこともあり、
いらなくなった服ちょうだーい、と、他のママ友がいる前でも平気で言って来られます。

実は息子が年少の時、初めてお下がり要求されたのですが、当時息子の学年は男の子がおらずA君と一番仲良しだったことや、
A君ママにA君の成長が遅いことを毎回相談されており、話の流れでもし着ない服があれば~と言われ、
同情ではないですが何度かお下がりをあげてしまい(今思えば餌付けです)、
そこからは貰って当たり前、のような態度で来られます。

227: 名無しさん@おーぷん 2015/06/19(金)21:48:36 ID:5j5
ここでひとつ武勇伝を。
私のじゃなくて父親のだけど。

私が小6頃の話。
私の家は少々貧乏だった。
車も常に中古の軽自動車だったし、家も小さなアパート。
家族構成は父、母、私、妹の四人家族。
食べ物は近所の畑から少しだけ貰ってきたりしてたからあまり困らなかったけど、私はゲームとかお洒落が出来ないことを不満に思ってた。
特にお洒落は年頃の娘だったこともあって、父親にはよく「可愛い服が欲しい」と不満をこぼしてた。
そんなある日、私がいつも通り父にお洒落な服をねだったら父が「わかった。ついてこい」と言った。
私は洋服屋さんにいくのかと思ったら、向かったのは近所の家。
ピンポンを押して出てきた奥さんに父は「娘にぴったりの服を何着かくれ」と言った。
その家は娘さんが中学生だったから、小学生の頃に着てた服なら私にちょうどいいと思ったんだろう。
私は身長も小柄だったからたぶん大抵の服は着れるし、サイズが大きければそれは学年が上がってから着ればいいし、良いアイデアだった。
最初はキョトンとして断る奥さんも、父の説得に根負けし服を何着か持ってきてくれた。
私の父は迫力もあるし、近所では一番強い人間だったと思う。
だから大抵の無理は押し通せた。
そんなこんなで数件回って私のもとには沢山のお洒落な服が集まった。
それからは服をその日に着ていく選ぶのが楽しみになって、学校へ行くのもよりいっそう楽しくなった。
そんな父も先日母親と離婚して一人立ち。
私は母の方について来たが、父のこういう男らしいところは大好きだった。
私も母と新しい父親と一緒に頑張るし、父も一人で頑張って欲しいという願いをこめてここに書き込む。

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