毒親

24: 名無しさん@おーぷん 2016/08/14(日)22:46:43 ID:kkp
昔、高速道路で置き去りにされた。
旅行の帰り道、家まであと一時間くらいのところで運転中の母と喧嘩した。
原因は確か私が「ベルばらのアンドレって英語ではアンドリューなんだよ、知ってる?」
という一言がなぜか母の逆鱗に触れ、突然烈火のごとく怒られ、大喧嘩に発展した。
・「知ってる?」とか偉そうな言い方をするな
・そんなお前がいい大学に行ってもつけあがるだけで絶対にロクな大人にならない
・だから予備校をやめさせてやる
以上が母の言い分で、
・偉そうにしたつもりはない、なんとなく言ってみただけ
・高3の10月だか11月だかで今から受験が始まるのに嫌がらせしないで
・そもそも母がしつこく行けといったくせにそんなくだらない理由で辞めろなんておかしい
以上が私の言い分だった。今でも私はそこまで悪くないと思ってる。
売り言葉に買い言葉で親子喧嘩はヒートアップし、とうとう母は片手ハンドルで私の髪の毛をつかんで振り回し始めた。
この時点でも相当危ないんだが、「やめろキ××イ!こ×す気か!」と叫んだことでとうとう母が運転の合間に両手で私のことを殴り始めた。
もうめちゃくちゃあぶないし死ぬかと思った。当然だけど運転中だから抵抗もできない。
で、「おろせ!」って思わず言っちゃった。間違いなくこのままだと事故を起こすと思ったから。車フラフラだったし。
私は助手席から後部座席に移動するつもりでおろせ、って言ったんだけど、車から降りた途端に走り去られた。
後部座席のドアにかけていた手がはじかれてものすごく痛かった。

526: 名無しさん@おーぷん 2017/05/27(土)15:23:52 ID:eSW
自分の家がだらしなかったこと。

友達A子の一人暮らし家に私含めBとCと泊まりに行った。
まず、玄関に靴がない。聞くと、全部シューズボックスに入れるらしい。
あと、服が床に落ちていない。脱いだらすぐにハンガーにかけたりして片付ける。
ご飯は食べ終わったあとすぐに洗う。食べたら流しにつけて、横にならない。
お風呂のお湯は終わったら抜いて、窓を開ける。湯船も抜いた後に洗う。うちはそのまま。週一でカビ掃除。
お惣菜はたまにしか買わない。うちは毎食お惣菜。

物凄く驚いて衝撃的。他人の家にお邪魔することが本当に幼稚園以来なかったから余計に…

帰るときに、C子に「泊まりに行くならお土産とか持って行った方がいいよ」と言われて再度、衝撃的。
Bと話していると、BもA子の家の綺麗さに衝撃的だったらしい。自分家に帰って来て、リビングの机の上を片付け始めたら、母親に「物がどこに行くかわからないからやめて!」と叱られた。
なので、自分の部屋を片付けると、妹が妹の私物を私の部屋にドバーッと大量に置いて「彼氏が来るから、お姉ちゃんの部屋に置いて置いてね」と言われて大喧嘩になった。
大喧嘩してる間に、母も妹の彼氏が来るからって理由で階段に置いてた荷物などを私の部屋に置いて、余計喧嘩になった。
これ、今さっきの話。泣いて家、飛び出して来た。帰りたくない

156: 名無しさん@おーぷん 2015/01/20(火)18:45:06 ID:dIh
もう10数年前だが、祖母が新聞紙に包まれてた重い何かを私に渡して、
「絶対みんなにバレないようにあなたが隠して持ってなさい。私が死んだらそれを持ってこの家
を出なさい。必ず大事に使いなさい、この家にもう戻ってはいけないよ」と言った。

この時私は高校出て、家事と寝たきりの祖母の介護をしてた。夜の介護も私なので同室。
大学は「馬鹿だから行くな」と親に言われた。
子供の頃から塾に通っていい大学に行った兄に比べれば、私は塾も習い事も行ったことない
馬鹿なので、しょうがないなと思ってた。
兄の習い事での表彰状が家じゅうに貼ってあった。羨ましかったけど、「お前には引っくり返っても
貰えないよ」と祖母以外のみんなに言われて育ってたので、そうなんだなと思った。

祖母は「○○ちゃん(私)だって賢い子だよ」と言ってくれたが、家の中で病気がちな祖母の発言は弱かった。
家は会社人間の父と、趣味と社交に没頭する母、出来る兄と、奴隷要員の私と、ガンの手術と再発を繰り返
してる祖母の5人暮らしだった。

祖母は冒頭の会話の二年後、最後のガン手術から結局回復しないまま心不全で他界した。
祖母の部屋からは手術前に残した手紙が見つかって、
「数年前○○会社の○○と名乗る男性のつまらない投資詐欺に騙されて、お父さん(祖父)から相続
した貯金をほとんど無くしてしまいました。恥ずかしくて今まで隠してました。ごめんね」
という内容だった。

両親と兄は「介護までしたのに!恩知らずのババアが!!」と大激怒。
私はただ泣いていた。

祖母の介護がなくなったので、私は家を出ることにした。
両親は「家事はどうするんだ」と怒ってたけど、結局は「高卒出のバイト暮らしなんて、
すぐ立ち行かなくなるぞ」「週末は家事しに戻ってこい」と言って送り出してくれた。

それが両親の顔を見た最後。兄の顔見た最後はいつだったか。全然思いだせない。
祖母から預かった新聞紙の包みの中身は知ってた。
アパート借りる保証人になってもらう時親に見せた住所は偽物。
遅くなったけど専門学校に入り資格を取り就職、その後縁あって結婚も出来た。

祖母のお金は入学金とバイトが見つかるまでの生活費にしか使わず、結局まだほとんどが金庫に
残っている。
これがあれば何も怖くないよと、いつも祖母が背中を押してくれてるような気がしてる。


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