修羅場

725: 名無しさん@おーぷん 2016/04/29(金)19:21:08 ID:tKe
イタリアのナポリで若者集団にリンチされた。
そして助けに来た祖父がその若者達を文字通り半殺しに。
にも関わらず普通に捕まらず日本に帰国できたのが修羅場。

警察も来たし大使館の人も来たけど何のお咎めもなくむしろ警察から褒められていた。
相手は観光客相手の強盗団だったらしく17歳の未成年者もいたらしい。

祖父は柔道6段のガチの柔道家。
鼻血で血だらけの私を見て切れたようで石畳に手加減無しで相手を叩きつけた。
4人ほど痙攣していて2人は意識はあったけど骨折したのか動けない状態になるほど徹底的に祖父は攻撃していた。
後に大使館の人に聞いたら1人は重体かもしれないと。
祖父が異国で逮捕されて終わると病院で泣いたのも修羅場。
祖父も私の病室でずっと震えていた。殺してしまったってずっと言っていた。

816: 名無しさん@おーぷん 2016/05/02(月)20:45:57 ID:y4y
自分がいわゆる「相談女」にひっかかって、しかも自覚がなかった。
相談女という言葉は知っていたのに相手も自分も当てはまらないと思いこんでいた。
恋愛についてネチっこく相談してくる湿っぽい女が相談女なのだという決めつけがあったようだ。

その女は俺に、相続のことで相談して来ていた。
俺も2年ほど前に親をなくし相続で苦労した口だったため、アドバイスできることならしてやる気だった。
そして相談に乗っていることを嫁にはオープンにしていた。
やましい気持ちがないんだから当然と思っていた。
オープンにしてさえいればOKなんだと思い、嫁の前でもメシ中でもベッドの中でもずっとスマホをいじっていた。
ある日、子供が話していたのに俺がその女のラインを優先させたことで嫁から苦言を呈された。
子供の話はたわいない日常報告で、女の相談は相続についての深刻な内容だったので
「子供の話は急ぎじゃないんだからいいだろう」
と俺が言い、喧嘩になった。
話し合い、俺はその女に気がないこと、女も俺みたいな中年オヤジに粉をかける気はないと言ったが
嫁は「とにかく優先順位を間違えないで欲しい」の一点張りだった。
俺は「困っている人が最優先だよ」と言い、嫁は黙ってしまった。

431: 名無しの心子知らず 2016/07/01(金)21:31:23 ID:zp1
吐き出し&浄化の意味で投下します。ものすごい長文失礼。
実母が毒親だと理解した瞬間が修羅場だった。

私の母は昔から何かにつけて私と姉弟を比べては「私子が悪い」と言ってくる人だった。
姉弟とケンカした時に悪者になるのはいつも私だった。
姉とケンカした時は「妹なのに我侭すぎる私子が悪い」、弟とケンカした時は「姉ちゃんなのに我慢できない私子が悪い」っていつも言われてた。
明らかに非が向こうにある時にだっていつも「悪いのは私子」と言われ続けてきた。
姉や弟が悪いって言ったこともあったかもしれないけれど覚えてない。
一番はっきりと覚えてるのが、小4の頃、弟が私のお年玉を盗んだ時。
どう考えても盗んだ弟が悪いのに「盗られるような所に置いてた弟が悪い」ときつく責め立てられ、弟は「こらっ、めっ!」程度の生ぬるい説教しかされず。
納得のいかなかった私は次の日、弟の財布からお金を盗んだ。
喚く弟に、さっき盗んだばかりの500円を見せて「私が盗ったんだよ。返してほしければ私のお年玉盗ったこと謝って」と言った。そしたら案の定母にチクる。
弟も私のように「盗られる所に置いてた~」と言われればいい、なんて思ってたけど(実際財布があったのは玄関先の椅子の上)、
母は私をぶん殴り「弟のお金を盗むなんて最低! 私子は犯罪者だ!」と激しく罵られ号泣。それでも母の罵詈雑言は止まなかった。
父や祖母が駆けつけてきたけど、母から私が弟のお金を盗んだことを聞いて母と一緒に私を責め立ててきた。
更には、その場にいなかった姉にも晩ご飯の時に同じように吹き込んで、私はその日から3日くらい家族に泥棒呼ばわりされることとなった。同時にそれくらいの頃から、母はあまり私の事を気にかけなくなった。

母に褒めてもらいたくて一生懸命頑張ったつもりだけど、母は末っ子である弟を可愛がるばかりで私の事なんてほぼ無視。
相談にすらもまともに乗ってくれなかった。大体馬鹿にされるだけ。思う存分甘やかされる弟、褒めてもらえる姉が羨ましかった。
そのせいで私は未だに相談事を口に出すことが出来ず、一人でなんでも決めた挙句事後報告、という悪い癖がついてしまって、高卒で就職し上京した時にやらかして先輩や店長から激しく罵られることに。
その時、上記のお年玉事件の事を思い出して鬱寸前になり、辞めて実家に戻ってきた。
数か月で辞めたということでどこを受けても採用してもらえず一年間のニート生活。最高に惨めだった。
そんな時、母が声をかけてきた。母が立ち上げた職場に空きが出たから働かないか? って。
はじめて母に必要とされた気がして嬉しくて、そこにパートとして就職したんだけど……ぶっちゃけ上京した頃よりも酷かった。
母と一緒に事業を立ち上げた共同管理者はまさに男になった母。癇癪持ちで八つ当たり癖があり、自分の意に反することがあれば言葉で人に当たり、物や壁を殴って蹴って破損。
少しでも失敗すると客商売なのに、客の前で平然と怒鳴り散らす有様。
管理者が癇癪を起こすと、他の従業員さんたちには母がフォローを入れに行くんだけど、私にはゴミを見るような目で見下した挙句「貴方みたいな人間はいりません。」「今すぐお辞めになられたほうがよろしいんじゃないんですか?」と言ってくる始末。
その言葉に私が腹を立てて反論しようものならば「私はここの事業主ですよ! 公私混同しないでください!」と返してくるんだけど、その割には何かしてほしい時には仕事中であっても猫撫で声で「私子ちゃぁ~ん、○○してぇ~」と言ってくる。
納得がいかないながらも母の役に立てているという事実が嬉しくて続けてきた。

153: 名無しの心子知らず 2016/06/07(火)13:25:36 ID:BA3
出張先で、以前に修羅場を作ってくれた人と再会したので書き込みます。

ウチの会社は毎年決まった時期に短期バイトを募集しており自分は採用担当だった。
その日は5名ほど面接を予定しており順調にこなしていた。
3人目の面接にきたAさん(女性)は30手前のいかにもコミュ障っぽい人で採用は無いなと思いつつも
杓子定規な質問をしていき最後に何か質問はありますか?と尋ねた。
するとAさんはボソっと「こちらの面接をBさんという方が受けると思うんですが……」と消え入りそうな声で聞いてきた。
面接予定者のリストを見ると確かにBさんの名前があったので友人かなにかかと思い
「ええ、いらっしゃいますね。お友達ですか?」と返した。
するとAさんは今までのコミュ障っぽいボソボソとした喋りはどこに行ったのやら、饒舌にBさんの素晴らしさを語りだした。
5分ほど過ぎたところで、この後も面接がありますのでとお引き取りいただいた。

そしてその日の最後の面接者がBさんだった。
Aさんの豹変振りを思い出し、ある程度身構えていた。
しかし面接に来たBさんは30前半の物腰の落ち着いた仕事ができる感じのキレイな女性だった。
面接も順調に進み高評価の印をリストに付け雑談に移っていった。

172: 名無しの心子知らず 2016/03/20(日)20:48:22 ID:ZXy
次女が中学2年のときに旦那(父親)に恋して大修羅場だった。しかも旦那はそれを受け入れるという・・・
急いで離婚して次女と旦那を引き離した私は悪魔だの糞だの言われたよ。
やけに父子間のコミュニケーションが多いなと思ってた。さすがに一緒に風呂に入ったり一緒に寝たりとかはなかったけど、ある日突然次女からお父さんに恋してる発言をされた。

737: 名無しさん@おーぷん 2017/01/24(火)04:41:48 ID:2UB
修羅場っていうか、母と姉が取り合った男が私の担任だった。
昔のことなんだけど諸事情あって悩んでいるので投下しに来た。

長文でグダグダ、なおかつ文才ナイナイだが、お付き合いいただけたら幸い。
気が向いたら助言などいただけると助かります。
母親はデキ婚を狙って失敗するたびに種違いの子供を産んだ人物。
私たちは結婚歴のない母が産んだ種違いの三姉妹。私は次女。

母はとにかく恋多き女性で、結婚願望が強いくせに男を見る眼がまったくなく、連れてくる男はヒモ男や妻帯者ばかりだった。
狭いワンルームのアパートで暮らしていたから、玄関を開けたら見知らぬ男性と母がアンアンしている光景に出くわした回数は覚えてもいない。
そんな母を見て育ったせいか、私の価値観は小学校の半ばには冷めていた。
私とは反対にヒステリックになっていったのが姉。
罵り合う母と姉を見るたびに「またやってるよ」と呆れ、極力関わらないようにしていた。
今思うと感情的になっていた姉のほうがよほど人間味があったと思う。
このころはまだ妹は生まれていなかった。
成長するにつれて姉は反発していた母に内面が似てきて、中学に入るころには援交に手を染めるようになっていた。
母と姉が頻繁に起こす恋愛トラブルをいかに実害を受けずに躱すかが当時の私の悩みといえば悩みだった。
何せ二人ともご近所中からヤリマンと後ろ指をさされていたから。
姉妹仲はそれほど悪くはなかった。
毎日の家事を姉妹で分担してやっていたし、ヒステリーと恋愛体質だってことを除けばいい姉だったと思う。
典型的喪女になりつつあった私が心配だったのか、姉はよく私に服を買ってくれた。学校でも孤立しているのではと心配し、あれこれ悩みがあるのなら聞くよ?と言ってくれもした。
ただ、当時の私は姉が買ってくれた服に袖を通すことはなかった。
姉が何をして洋服代を手に入れたのかわかっていたから。
今にして思えばトラブル回避ばかり考えていないで姉を諫めればよかったと思う。

前振りが長くなってごめん。



970: 名無しさん@おーぷん 2017/02/10(金)20:14:31 ID:BvY
旦那から、「理由は後で話す。今すぐ娘と一緒にお前の実家に逃げろ!」って大慌てで電話された時。

正月三が日過ぎて娘と二人でのんびりしてたんだけど、出勤してた旦那から電話があったので、
「何か忘れ物でもした?」って言ったら「お前の実家に逃げろ。すぐ。娘と一緒に」と。
理由を聞こうとしても、「ワケは後で話すからとにかく逃げてくれ。1階の雨戸を全部閉めるのを忘れるな」と大層テンパった様子。
なんかトラブりでもしたのかな、って思いながら「冬休み中なのに」ってぶーたれる娘に「緊急事態らしいから」って焚きつけて出る準備をした。
そんで、いざ出発寸前ってところでまた旦那から電話。「絶対に電車を使うな。車で行け」だと。

「車じゃ2時間近くかかるよ、なんで電車じゃダメなの?」って聞いても「とにかく電車じゃダメだ。車じゃないとヤバい」
と連呼され、「とにかく逃げろ。全速力。絶対車で」としか言わない。
しょうがないので車で娘と一緒に私の実家に。
で、長々と車を走らせ、私の実家についてから旦那に理由を聞いて戦慄した。

820: 名無しさん@おーぷん 2017/01/30(月)13:38:18 ID:HKD
誰にも言えないから、吐き出したい。
当時22歳、会社のそばの行きつけの定食屋で私とは別の会社で働く23歳のA男と知り合った。
その定食屋は昼休みの時間は相席も多くて、知らないおじさんやOLさんと相席で、その場のおしゃべりも楽しんだりする感じ。
A男とは何度か相席して話すうちに仲良くなり、二年ほど友達関係を続けて付き合い始めた。
付き合い出したのは私が24歳。
それから一年半ほど付き合ったんだけど、A男、24歳の時に結婚していたことが判明。
A男年表でいくと、23歳私と知り合う、24歳結婚する、25歳私と付き合い出す、26歳そのことが奥さんにばれる、27歳私にばれる。
そのことを私に教えてくれたのは、奥さん。
内容証明?が自宅と実家に届き、実家の親はカンカン、同居していた祖母は倒れたらしい。
不倫してるなんて!と親にキレられたんだけど、意味不明すぎてパニック。
A男に電話をするも、つながらず、奥さんが出た。
全く知らなかった、すぐに別れると言うも、信じてもらえない。
奥さんからしたら当たり前だけど。
親からも滅茶苦茶責められ、だから都会で独り暮らしなんてさせたくなかったみたいなことも言われ、会社をやめて連れ戻されそうにもなった。
2年も友達関係続けて、その後一年半も付き合ってたら気づくでしょう!と言われたけど、本当に本当に気がつかなかった。
出張が多い仕事だとは思ってたけど、それは他の会社のことだからそういうものだと思っていたし。
A男は実家に要介護の祖父がいて、親も働いてるから俺も同居して手伝ってると聞いていた。
自分の実家も要介護の祖母がいて、母親は介護のために仕事をやめたから、その説明で納得していた。
そんなんだから、彼の家に呼ばれたことないのを不思議にも思わなかったし、土日にたまにしか会えないのもなんとも思わず。
でも私がバカだったんだと思う。
で、結局A男とはそのまま一切連絡のとれないまま、奥さんに責められ、親も半信半疑のままで一ヶ月くらい。
裁判しますっていう通知も来た頃。

733: 名無しさん@おーぷん 2017/01/23(月)17:20:17 ID:QZx
今朝も雪で事故があったからその度に思い出す修羅場。

自分は車屋なんだけど、ある日出社すると社長から
「お客様のAさんが追突事故を起こされて自走が出来ないから車を引き上げてきて」と。
自分も「あー、昨日から降り続いてたしスリップ事故ですかね?」
と、すぐに積載車に乗って教えられた現場へ。

現場は国道の交差点。
出勤ラッシュも少し落ち着いてきた時間だし20分程で現場到着。
途中、救急車にすれ違ったから
「人身事故か?車も積載車に簡単に積めれば良いな~」位に考えていたんだけど、何かいつもの事故現場と違ってパトカーが多い。

引き上げる予定のAさんの車は追突した側。
近くにいたお巡りさんに
「A様の車を引き上げに来た○○自動車ですが~」と言ったら
「ちょっと待ってくれ」と言われ
「わかりました。引き上げOKなら呼んでください」とそのまま積載車で待機。
その時点で追突したAさんも追突されたほうのドライバーも現場にはいなかったけど人身事故だとよくある事。

それにしても、いくら国道とは言えこのパトカーの多さは何だろう?と、Aさんの車を見ると映画で見るような鑑識班みたいな人達が車内を調べている。
「?」と思い、よく見たら交通課にはとても見えない私服の刑事っぽい人もいて雰囲気が重々しい。
「朝から飲酒?もしかしてヤバイ薬を服用して運転!?いや、社長からは通勤途中に追突したような事も聞いたし…?」
その後お巡りさんから引き上げOKもらったけど何故か事故車を警察署に運んでほしいと。
自分も「わかりました」と言いながら内心は
「やっぱり飲酒か薬に間違いないな」とその時は思ってた。
警察署で車を降ろしてから会社に戻り社長に、これこれこんな現場でもしかして飲酒とかなら事故の保険がもめるかも?と話してから通常の業務へ。

夕方Aさんの奥様が代理で引き上げ料金や自動車保険について来社され、色々と説明ついでに
「飲酒の場合など通常以外では保険も~」
と恐る恐る言ってみたところ、奥様の説明から朝の重々しい事故現場の雰囲気の原因が判明。

938: 名無しさん@おーぷん 2017/02/07(火)20:10:19 ID:HsK
まだ若い時の話。夢だった教師になって3年。仕事に楽しさを感じていた頃、その年の春に転勤してきた男性の先生(Aさんとします)と年齢も近く、同じ教科なのもあり、仕事仲間として仲良くしていた。

A先生は顔もカッコよく、運動神経も高い。女子生徒はもちろん、男子生徒からも人気だった。
たまたま、A先生と帰る時間が一緒になり、駅までご一緒しましょうということで、帰っていた。
その翌日、駅まで一緒に帰っていたところをA先生に片想いしている女子生徒が見かけたらしい。その日からわたしの授業をボイコットし始めた。

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