修羅場

737: 名無しさん@おーぷん 2016/02/18(木)12:06:37 ID:JAs
元姑の訃報を知り、葬儀に出席してきた。
元姑は私にとっては良姑だったから。
数年ぶりに元夫を見た。夫は親族席でずっと泣き通しだった。喪主の挨拶も途中で泣き崩れてしまって出来なかった。
母親大好きのままだったんだな、これからもそうだろうなと思った。

元夫は母親のことが大好きだったけど、片思いで、
元姑は仕事に生きた人だった。会社勤めではなく自営の社長をしていた。
元夫は結婚すると人が変わったように「母さんを見習え!」と言うようになった。
そのたび元姑は「私が母として妻として誉められたもんじゃないのは子供のあんたが一番知ってるでしょ。
私の何を見習えって言うの。それに(私)さんは私の若い頃そっくりだよ」
と呆れて諌めてくれた。
元夫が「これは母の味じゃない!」と私の料理に怒るたび
「私の味はこれよ」と丸美屋の釜飯の素をドンとテーブルに置いてくれたり
「文句があるなら私の味を一番知ってるあんたが作るべきでしょ」
「あんたの言うことは一々理屈に合わないね」
と〆てくれた。
でも元夫は逆ギレするだけだった。

901: 1/2 2016/02/27(土)11:30:22 ID:S2D
数年前の修羅場。

俺:当時25歳
A子さん:当時28歳
A夫さん:A子さんの旦那

付き合って1ヶ月半ぐらいだった。
突然「私、実は結婚してて今妊娠してるの」って言われたんだよね。
結婚はなんとなくまだ分かるっていうか理解が及ぶんだけど、妊娠中に旦那が不倫することはよく聞くけど
「本人がするんかよー俺不倫相手かよー」と、すごく驚いた。
妊娠は何ヶ月かは知らないけど、お腹はまだ出てなかったから、それは全然気づかなかった。

幸い、まだ手も出してなくて(出そうとしても拒否られただろうなと思うけどw)、面倒になるのも嫌だから
「体大事にね。そんな事実あるならもう連絡しません」ってメールで言ったんだよ。そしたら
「それは嫌だ。冷たくされてもいいし私が傷付いてもいいの。冷たくされたら拗ねちゃうけど優しくしてくれたら
また元気になるよ?子供いたらだめ?傍にいなきゃだめなの?連絡とれなくなるとか絶対いやだよ」だって。

なんでそんな上から目線なの?って感じだし、そりゃ子供も旦那もいたらだめだろうwwと思ってもう無視した。
そっから何度か家を訪ねてきたり、メールや電話も来たりしてたけど、全部無視してたらなくなった。


一回切る

589: 名無しさん@おーぷん 2017/08/10(木)13:07:14 ID:HN1
修羅場、もう10数年前のことだけど
夕方自宅の近くで子供が帰ってくるのを待ちながらママ友とおしゃべりしてた。
そしたら私たちが立ってる場所の真ん前のお宅から顔見知りの奥さんが慌ててるふうに出てきた。
「どうしたの?」って聞いたら「お味噌が切れてたの忘れてた!」とか言って車に乗り込み、
ああ料理中に切れてることに気付いて焦ってんだな~と思った。
で、またママ友との話に戻りかけたところでブワッ!!!みたいなすごい音がしたかと思うと
物凄い勢いで車が向かってきた。
うっかりアクセルを思いっきり踏み込んだらしい。
私は体を回転させる感じでギリギリかわせたけど、一緒にいたママ友がもろに塀と車に挟まれた。

611: 名無しさん@おーぷん 2016/02/14(日)10:02:47 ID:4AY
PTAの子供会で私がタヒにかけた修羅場
20年近く前で、まだそこまでアレルギーが浸透してなかったのかな
子供の頃だったからそれほど時世を理解しでたわけではないんだけど、それが原因で危なかった

昔の子供会では予算が余ると皆でディズニーランドに行ったりと少しリッチな遠足行事が1月頃にあった
そんな場だから準備される料理もそれなりで、私だけアレルギー持ちで使えない食材があったのに、見た目は他の子と同じでアレルゲンだけ抜いた料理が出てきた
いつも皆と違うものを食べなきゃならなかったのですごく嬉しかった記憶がある
母もお店の人に「うちの子に気を使ってくださってありがとうございます」と食べる前にお礼をしに行った
私はその姿を見て、「私もお礼しなきゃ」と席を立ってコックさんのところへ行き、母の隣で頭を下げて「おりがとうございました」と伝えた

戻ってきて料理を見ると、さっき見た時より人参とブロッコリーが多い気がした
「あれ?でも私の記憶違いかな」と思いつつ、隣の子たちに「なんか私の増えた?」と聞いたけど「思い過ごしじゃない?」「何もしてないよ」と言われてそのまま食べた
私のアレルギーは同じまな板で調理してついた分くらいは食べても出るようなものじゃないけど、アレルゲンと共に炒めたり煮たりしたらアウトで一気に出てきて呼吸ができなくなる
そして私は食べて10分ほどで意識朦朧で倒れた
顔がパンパンに腫れ上がって苦しくて涙ボロボロ流してもがく私に母がかけより、獣のような声で吠えてたのを覚えてる
救急車がきたころには目があかなくなり、聞こえる音もぼんやりで、次に目を覚ましたころにはアレルギーを抑えるきつい注射を腕に刺されていた
その日はそのまま入院して、翌日朝一でレストランの人が血相変えて謝罪に来た
その時に母に「私の料理に誰かが嫌いなものいれたのかも」と告げた

その後私の周りに座ってた子たちが呼び出され、私の料理に何かしたか質問したけど、皆口裏合わせてしてないと言う
でも少し離れた席の子と、私達の席の丁度後ろ側に座ってた保護者が
子「私ちゃんのお皿からお肉ほじくってとってるの見た」
保「嫌いな食べ物の話をして、その後皆で嫌いな野菜を除いてどこかに集めてた」
と証言したことで白状した
子供の保護者たちはレストラン濡れ衣をきせるかたちになったことは謝罪したものの、私達への謝罪はなかった
レストランへの謝罪も「お前のせいで面倒かけやがって」とはっきり言われた
私のアレルギーはいつも違うものを食べるので周りに周知されていたが
レストランの食事は(見た目は)皆と同じもの、子供が勘違いするのも仕方ないみたいなことを言われた
その時点で相手の保護者父母10人vsシングルマザーの母1人
私の小学校は登下校時さえPTAの集まりがやってたから、PTAで私が総スカン喰らったら、一人で登下校時させなきゃならなくなる
しかも周りは当時まだアレルギーに知識がなく、こちらを理解してくれるどころか、多勢の方に加担する人しかいない
母は苦渋の決断で、父の残してくれた家を手放し、小3に上がる頃に隣県の小児アレルギーを見てくれる病院のそばに引っ越した
アレルギーで倒れてから引っ越しまで3ヶ月ほどしか無く、母の行動の速さを今更思い知って当時の母には感謝してる

その後、私の地元出身の後輩とたまたま高校で知り合い、その人から
「俺の地域ってPTA活動が盛んだったけど、俺の2個上の人が遠足中に倒れたらしくて、俺が入学した年からなくなったんですよね
マジ俺楽しみにしてたのに、そいつタヒんでほしいわー、皆タヒんで欲しいって恨んでたんですよ」と言われた
私、アレルギー一つでどれだけの人にタヒねと思われ続けてるんだろうと思うと悲しくなった

117: 名無しさん@おーぷん 2016/01/18(月)21:38:49 ID:irv
吐き出したくて来ました。
いい年をしたおばさんの愚痴や後悔混じりの話しになりますがお付き合いください。
弟が自タヒした話なので不快な方は読み飛ばしてください。

私はいわゆる毒親の元に生まれた。
両親は典型的な田舎の長男教で、長男以外はいる価値がない。
むしろ、家計のためにはいないほうがいいという考えの持ち主で、男ならまだしも女は猫といっしょでガキを作るしか能がないと常々言い続けていた。
そんな親は三つ下の弟を異様に溺愛したが私のことは徹底的にイビリ続けていた。

召使いのような扱いを受け、毎朝5時に起きて廊下の雑巾がけをしなければ箒や棒のようなもので打たれた。
食事すらロクに与えてもらえず、両親は自分たちが食べ残した物を私に投げてよこした。空腹に耐えきれず、投げつけられて落ちた物を拾って食べる私を「卑しい」と罵り、蹴られることも珍しくはなかった。

今でこそ開けてきてコンビニや大型スーパーもできたし電車が開通したことで拓けたけれど、私が子供の頃は何もなかった。もしあったら私は万引きしてでも食べたと思う。
子供だった私は飢えに耐えかねて近所の畑を荒し、土がついたままの大根や葉っぱを齧っては見つかって怒られた。
若い人にはピンとこないだろうけど、地元は男優先の男尊女卑が今も根付いている地域で、女だっていうだけで無意味に貶める風潮が少なからずあった。
全員が全員そうだったわけじゃないんだろうけど、閉鎖的な環境で暮らしていたその頃の私は、周囲に助けを求めてもムダだと学んでいた。

毒親に溺愛された子というと、毒に染まったどうしようもない人種だと思われがちだが弟は違った。
両親に食事すら与えてもらえない姉に、弟はよく自分のお菓子を分けてくれた。
見ているところで分けると「弟のものを盗り上げた」と余計にひどい暴力に晒されるので、親が寝静まったころにこっそりと食べずにとっておいたお菓子を持ってきてくれた。
幼いなりに自分の家がおかしいとわかっていたのか、ニヤニヤと笑いながら私をいたぶる両親に何度もやめるように言ってくれた。

でもその当時の私には、弟を可愛いとは思えなかった。
両親の愛情を唯一独占している弟が妬ましかった。はっきり言えば僻んでいた。
私は着古してボロボロの服を着て、暖房も扇風機もない三畳足らずの物置で寝起きしていたが、いつもきれいな服を着ていた弟にはエアコンのついた部屋が与えられていた。
男に生まれただけで何不自由なく恵まれた待遇にいる弟を、妬まずにいられるほど大人ではなかった。
弟のほうは「姉ちゃん、姉ちゃん」と言って懐いてきたがそれすら煩わしかった。
今にして思えば、弟は随分さみしい思いをしたんだと思う。
両親は弟を溺愛していたが押し付け的なところが多々あった。
弟が姉に懐く姿を見て、「弟に色目を使うようなアバズレ」と姉に暴力と暴言を浴びせる親だ。まともではない。
そんな親の愛情を受けたところで弟は辛いだけだったんじゃないかと。

629: 名無しさん@おーぷん 2016/04/23(土)16:52:23 ID:x7u
もう3~4年くらい前になるかな。
その当時は県外の高校に進学したためマンションで1人暮らししてたんだ。
両親が「女の1人暮らしはセキュリティが大事だ!」って言って、学生専用のオートロック付きマンションに住んでた。
今考えたら私が底抜けの馬鹿なんだけど、家の鍵の開け閉めが面倒くさいからと、鍵を掛けずに出かける事が度々あったのね。
エントランスはオートロックなんだし大丈夫だよねーって感じで。

その日も朝遅刻しそうだったのもあって鍵開けっぱなしで学校へ。
授業料受けて放課後は部活やって。
部活終わりに友達と喋ってて急遽友達ん家にお泊まりしに行くことに。
じゃあ荷物取ってきて鍵もかけなきゃーって、友達ととりあえずうちに向かう事になったのね。
家に着いてドアノブを回したらガチャッてなって開かない。
(あれ?朝鍵かけ忘れてた気がするけど勘違いだった?)と考えながらも鍵を開けて部屋に入ったんだ。
そしたらなんか違和感。
それぞれの家にはそれぞれの匂いってあるじゃん?
入った時に自分の部屋とは違う匂いがしたんだよ。
なんか変な胸騒ぎがして、「あ、そういえば生理用品切れてたんだ!ちょいコンビニに着いてきて~。」って友達と部屋を出て急いでエレベーターで1階に降りてマンションから出た。
そこで友達に部屋で感じた違和感とかを話して交番に行く事にしたんだ。
自分達だけで部屋に戻る勇気なかったし。
交番で事情を話したら私の気のせいなだけかもしれないのにおじさんお巡りさんが一緒に来てくれる事に。
「気のせいなら気のせいで、何もなくてよかったねって話なんだからさ。」って言ってすごく優しかった。
マンションに戻って家の前に着いて鳥肌。
廊下に私のスニーカーが片っぽ落っこちてたんだ。
慌てて玄関から出て蹴りだしちゃったって雰囲気。
もちろん私と友達が出た時にはなかったよ。

つぎで終わる。

19: 名無しさん@おーぷん 2014/05/14(水)17:54:15 ID:oqLSQ6NhA
自分じゃなくて友達の修羅場。
10年ぐらい前に自分、友人A、B、Cで呑んでた時にCが
「そういえば先日コロされかけたわ」と話し始めた話。

464: 名無しさん@おーぷん 2014/05/31(土)02:14:38 ID:ypOvpatHH
ちょっと長いです。修羅場まっただ中。

前提。
私の姉は生まれつき手に障害がある。
訓練すれば日常生活に支障はないけど、見た目ではっきり判るような障害。
私はその姉を不憫に思った両親が、姉の将来の為に作った子供。
幼い頃から、パパママが居なくなってからは
私ちゃんがお姉ちゃんの面倒を見るんだよって言い聞かされて育った。

でも、障害以外の面で、姉は何もかも私より優れてた。
姉は美人で(仲間由紀恵似)明るくて頭も良い。
私は地味顔でネガティブで成績は平凡。
私は、小学生の頃から、こんなに可愛くてなんでも出来るお姉ちゃんの面倒を
どうして私なんかが見る必要があるのかなって疑問だった。
とはいえ、姉本人は私に優しかったし姉妹仲も悪くなかった。

姉が26才、私が24才の頃の話。
私は地味なりに平凡なりに、大学を出て就職して
職場の先輩の紹介で出会った男性(A)と付き合って
1年経ったあたりで結婚しましょうかって話になった。

Aを両親に紹介した時もプチ修羅場で、両親はAの前ではニコニコしてたけど
私が結婚してしまったら姉の将来はどうなるんだって反対された。
でも、姉本人が大丈夫だって言ったんだ。
姉も結婚を視野に入れて付き合っている男性が居るからって。
その人は収入が安定していて穏やかで優しい良い人だって。
そういう人が居るならって、両親もそれからは私の結婚に反対しなくなった。
その時は心底姉に感謝したよ。

100: 名無しさん@おーぷん 2015/09/11(金)05:34:55 ID:svl
私というか家族の修羅場だけど書き捨てる
※一応色々とフェイク有り

数年前に父が亡くなった
喪主を務めたのは兄。既婚でまだ小さな子どもがいる
バタバタと忙しい中で兄嫁さんは喪主の妻として本当によく働いてくれたし、私も姪の面倒をみたり買い出しに付き合い食事を作ったりしていた
そんな中、お客様態度だった独身の妹
ほぼ一日中部屋に籠もりきりで私と兄嫁さんの作った食事を食べず、自分で買ってきたお惣菜とかを食べてたみたい
彼女と兄嫁さんは同い年なんだけど、ムカつくなぁと思いながらも葬儀で忙しいのに構ってられず放置状態だった

ことが起きたのはお葬式が終わった日の夜
ちょっと(兄)君、話があるんだけど?と兄嫁さんが兄を部屋に呼び出したまま、一時間以上も出てこない
こっそり覗きに行くとボロボロ涙をこぼす兄嫁さんと向かい合って座る兄の姿
どうしたのかと話を聞いてみると兄嫁さんから衝撃の言葉が飛び出した
箇条書きにすると
・兄君は妹を甘やかしすぎる
・まだ小さな姪でさえおじいちゃんのお葬式だからと我が儘を言わずにがまんしてるのに、やれジュースだタバコだと2人一緒に買い物へ行きなかなか帰ってこない
・そんなもの私と義妹(私ね)に言えばいいでしょ、どうして2人きりで行くの?
・喪主の妻だからとお客様の対応に追われてるのに妹は何もしない。お兄ちゃんお兄ちゃんとべったりで気持ち悪い
・元々ファザコン気味なのはわかってたけど今回の件で異常だと思った

その結果、兄嫁さんの脳内では2人が近親相○じゃないかという思いが湧き上がったそうだ

421: 名無しさん@おーぷん 2014/06/29(日)12:51:00 ID:Wg98NGbw4
久々に帰省したら自分が悲劇のヒロインになってた事。

高校時代の友人の結婚式のため、先日夫婦で出席するついでに足を伸ばして帰省した。
その時私の波乱万丈な架空のドラマが元中学時代の同級生の間で広まってる事を知った。
以下その虚構ドラマあらすじ。

A男と私は恋仲だったが私親の反対でひき裂かれ、A男も「親に祝福してもらえない仲では…」と
しだいに私から心が離れ、納得できない私はリスカ、首吊り等のタヒぬタヒぬ詐欺を何度かやらかす。
A男は私の執着に身も心もやつれ果て、疲れきってついに私と駆け落ちを選ぶも
その時すでに私は行方知れずに…とかいうストーリーでした。
ほんとはもっといろいろ枝葉末節あったがダルいので省略。


これを、実家でまったりしてたら訪ねてきた中学時代の同級生BC(親しくなかった)に
聞かされた。

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